黄瀬×テツナ(中学時代)

□繋いだ手に願いを
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「旅行に行こう」
黄瀬は、輝く笑顔で提案した。


繋いだ手に願いを


校庭の木陰で本を読んでいた黒子は、なぜかミスディレクションがあまり効かない(黄瀬曰く、「一生懸命探しているからっス」)相手にため息を吐いた。
「また、唐突ですね」
本を閉じ、顔を上げる。
黄瀬の笑顔は今日の日射しよりも眩しい。
「どこへ行くんですか?」
「車で3時間くらいのとこ。自然とか、超綺麗なんスよー」
「人目は?」
「繁華街から離れるから、問題ないっス」
「移動は?」
「マネージャーが車を出してくれるっス」
「モデルの仕事は?」
「なんとかするっス」
どうやら本気らしい。
そういえば、来週の三連休は珍しくバスケ部も休みだったと、スケジュールを思い浮かべる。
「俺、ちゃんと黒子っちと手を繋いで歩きたい」
そんなことを言われてしまえば、どうしたって黒子の胸は切なくなる。
「…分かりました」
了承の意を伝えると、黄瀬は喜びを全面に出し、破顔した。
「じゃあ次の三連休の二日目から一泊で」
楽しみっスー、と笑う黄瀬に、つられて黒子も笑みが浮かんだ。


どうして二日目からなんだろう、という疑問は、三連休一日目の朝になってようやく黒子の中に生まれた。
とっさに訊きそびれたことを考えると、自分も相当浮かれていたらしい。
二日間、人目に憚らず黄瀬を独り占めできるのだ。
今なら幸せな夢が見られそうで、黒子は貴重な連休一日目をまず二度寝からはじめた。


連休二日目。「家まで迎えに行くっス」というメールに従い、黒子は旅行鞄と共に自宅前で待機していた。
「黒子っち!」
待ち合わせよりも20分遅れで大きな黒塗りの車が到着し、中から帽子にサングラスという出で立ちの黄瀬が現れる。
「遅れてごめん」
挨拶もそこそこに黄瀬は黒子の鞄をトランクに詰め込むと、黒子と共に車内に戻った。
「いいっスよ。出して」
黄瀬の合図で発車する。
かなりの速度で車は目的地へと走る。
「慌ただしくてごめんなさいね」
運転席の女性が謝る。
「いえ…」
綺麗な人だ。自分には足りないものをたくさん持っていそうな、大人の女性。
マネージャーっス、と黄瀬が教えてくれる。
「あなたが黒子さんね?黄瀬くんから、良く話は聞いているわ」
どんなことを話しているのかと、黒子は黄瀬を見る。
黄瀬は不自然に窓の外へと視線を逸らした。
「……」
二人のやり取りに女性が笑う。
「色々と面倒をかけると思うけど、よろしくね」
黒子はためらいがちに、でも確かに頷いた。
話しはついたとばかりに、黄瀬はわーっと話題を振り撒く。
バスケ部のこと、これから行く旅先のこと、黒子の連休一日目のこと。とりあえず二度寝をしたことを話すと、黄瀬は爆笑した。
それで、黒子は疑問を思い出す。
「そういえば、どうして出かけるのは連休二日目からなんですか?」
「あー、それっスか…」
黄瀬は体を倒すと、黒子の膝の上に頭を置いた。唇に笑みを残したまま、笑いすぎで涙の滲む目元に手の甲を当てる。
「黄瀬くん?」
呼んでも黄瀬は答えを返してくれない。
車が揺れ、目元を覆った手が落ちる。
その下の目は、穏やかに結ばれていた。
「…良かったら、寝かせておいてあげて」
押さえた声で女性が言う。
「二日間の休みを取るために、昨日からずっと働きずくめだったから」
ついさっきまでね、と女性が付け足す。
―――なんとかするっス。
自信満々に頷いた顔を思い出す。
黒子は落ちた黄瀬の手をとり、疲れの色濃い目元をそっと撫でた。
二度寝までしてしまった休日を、心の中で詫びながら。
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