*長編*

□あやめ1
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師走三十日、明日は大晦日。
雅は前日より暇をとっていた。

「侑士、起きとぉ?」

現時刻、午前三時。
雅は店主、忍足の部屋の廊下から話しかける。

「あぁ、起きとるで。」

「おはようさん。」

忍足が自室より出てきて

「送ってこか?」

「…お願いするでありんす。」

雅は全身黒の着物に身を包み、腕には綺麗かカンギクの花束が抱きかかえられている。

「ほな、行こか。」

雅は小さく頷き忍足の後ろをついて行くが、店の扉の前で足が止まってしまう。

「…やっぱ裏口から出るか?」

「…いんや、平気でありんす。」

雅は目を閉じゆっくり息を吐き出す。
忍足が雅の方へ手を差し延べ、雅は戸惑いながらも忍足の手を取り外へ踏み出す。

「ぁ…雪……」

「今夜は冷えるな、平気か雅。」

「はい、久しぶりの外に感動すらしてるでありんす。」

と言い微笑み、忍足に手を引かれ大門まで歩く。
すると大門前には人影が見えていた。

「なんや、早かったな、謙也、光。」

「おー、つうても、今さっき着いたばっかや。」

「間に合ったみたいで良かったスわ。」

「毎度のことでありんすけど、今回もよろしくお願いするでありんす。」

謙也と光と呼ばれたこの二人は、飛脚であり、籠屋でもある男たちであった。

「なんの。任せてや、今日の夕刻には着くで!」

「おおきに、雅頼んだわ。」

「ほなら乗って下さい雅さん。」

「侑士、行ってくるわ。」

「おん、気ぃつけぇや。」

「心配せんでおくんなんし。」

雅は籠に乗り込み、忍足に綺麗に微笑んで見せた。

「うちの花魁が風邪なんぞ引いたら困るけん、これ着てき。」

忍足は雅の肩から厚手の羽織を着せ籠の暖簾を下ろした。

「ほな、明後日に。」

「おん。」


雅を乗せた籠は遠く西へと向かって行った。


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