*長編*

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最初の客(亜久津×雅)

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かラン…

「いらっしゃい。おぉ、これはこれは、久しいですわな、今お通ししますさかい」

恭しくお辞儀して客を案内する忍足


---菖蒲の間---

「雅、お客さんや。準備できとるか?」

「もちろんでありんす、通してくんなんし」

「ん、では、ごゆるりと」


スッ…

ゆっくりと襖が開き客が座敷の中へと足を踏み入れる
雅はその間深く頭を下げお辞儀をしている

「ふっ、おひさしぶりでありんすね、亜久津さん」

「…てめーは顔をあげなくても、気配だけで客が誰かわかんのか」

「はい、こんないい人、足音と気配と息遣いで、分かるでありんす」

顔をあげ、そう言って微笑む

「はっ、そんな筋書き通りの並べた言葉なんていらねぇよ、お前の本心で喋れ、飾った言葉なんて軽すぎて反吐が出る。里詞なんて使うな」

と吐いて雅の横に腰掛ける

「仕事じゃけ、最初くらい許して欲しいもんじゃの…全く」

「誰に指図してやがる」

「いいえ、今お酒注ぎますね」

亜久津にお猪口を渡し酒を注ぐ

「久しぶりじゃね、亜久津さん」

「あぁ」

「今回は、どこに行ってたん?」

「北だ」

「北?」

「あぁ、俺がこっちに向かう頃には雪が降り始めてた」

「雪!?…へぇ、綺麗じゃな」

「あぁ」

ゴーン…ゴーン……

遠くの寺から零時を告げる鐘の音が聞こえてくる

「雅」

「ん…」

亜久津が雅を抱き寄せ、優しく口付けをする

「亜久津さん?」

急にわけがわからないと言うように亜久津を見上げ

「今日はてめーの誕生日だろうが」

「ぁ、覚えててくれたん?」

「当たり前だ。そのために今日を選んで帰ってきたんだ」

そうぶっきらぼうに言い放ち、雅に小さな木箱を渡す

「これは?」

「受け取れ」

言葉は冷たいながらも、雅は亜久津の真意を理解し、丁寧に木箱を開けた

「わぁ…簪?」

その中にはさぞ美しい雪の結晶を象った簪が収められていた

「北で会った簪職人に作らせた、お前の菖蒲と、北ならではの雪の結晶を象った一点ものだ」

「そんな、やったら高かったんじゃ…!」

「そんな事どうだっていい」

「でも、前の着物といい、うち貰ってばっかで…」

「俺が好きでやってんだ、いちいち気にしてんじゃねぇ」

言葉遣いこそ荒いが、雅を見つめる亜久津の瞳はとても優しく、そして暖かかった

「雅、てめーは笑ってればそれでいい、分かったか」

一瞬目を見開いた雅だったが、直ぐに笑顔を見せ

「はい、あんがと」

雅はお礼にと、亜久津の頬に口付けを落とし、柔らかく微笑んだ


(そうだ、お前はそうやって微笑んでろ。それが俺の心を明るく照らす)


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