短編2
□囚われのマリオネット
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「貴方はもう少し、己の幸せを望んでもいいと思います。」
柳生はメガネの位置を正しながら眈々と言葉を紡いだ。
「シアワセねぇ…なぁ、それってそんなにいいもん?」
仁王は至極真面目な顔をして柳生に問うた。
「……難しい質問ですね。」
柳生は困ったように笑みをこぼし、少し考えるそぶりを見せて口を開いた。
「シアワセは、他人には測れないですからね。貴方をここから出すことが、貴方の幸せとは限らない、それは私のただの自己満足なんでしょうね。ですが、ここに貴方のシアワセは見出せるのでしょうか?ここで貴方はシアワセになれるんでしょうか?貴方はシアワセになることを望んでない、恐れているのでしょう?でもそれでは、誰も報われません。」
仁王はその話を聞きながらもただただ前だけを向いて、感情のこもらない声音でこう言った。
「誰も報われない…逆に、俺がシアワセを手にしたとして、俺がシアワセになったとして、報われるやつはおるんか?」
その問いに対し柳生は、少しかなしそうに微笑みしっかりとこう答えた。
「少なくとも、私は報われます。」
その答えに仁王は目を丸くし、そしてすぐに呆れたように嘲笑した。
「お前さん、頭ええ割に阿保じゃな。」
仁王は木製の格子に囲まれた空間から、格子の外側で己を見続けている柳生をまるで哀れなものを見るような目で見た。
「えぇ、阿呆なのかもしれません。それでも、やはり貴方をここから自由にさせてあげたい、外の世界へ案内したい、シアワセはすべての人間が平等に望んでもいいということを、身を持って知ってもらいたい。その為なら、社会的に私の居場所がなくなったとしても、自らの命が消え去ったとしても、構わない。」
その言葉を聞き終えた仁王は、苦しそうに顔を歪めた。
「やめてくんしゃい…俺にそんなん似合わない。自由なんていらない、シアワセなんて望んでない、俺は此処で充分じゃ。」
「仁王君…」
仁王は柳生の言葉を遮り。
「俺は!愛を知らない、愛されること、愛すること…昔は多少なりともシアワセじゃったと思う、父様がいて、母様がいて、腹違いではあったが兄弟がいて、仲が良くて…でも母様が死んで、そこで俺の人生は変わったんじゃ。一旦回り始めたら止まらない、止まれない、そんな人生。じゃけどもう、それで充分。今までの人生十五年間のうち五年はシアワセに暮らせてた。それで充分。もういらない。」
「ですが…」
「考えてみんしゃい。俺は此処に五歳からいる。要するに、しかるべき時にしかるべく教育を受けてないんよ?それなんに今更社会に出てどうなるんよ?なんも知らない、身体だけが成長したようなもんの俺が、今更地上に出てシアワセになれるわけがないんよ、自由になんかなれるわけないんよ。」
柳生は仁王の言い放った言葉に返す言葉が見つからずに仁王の事を凝視した。
そんな柳生を見て仁王はこう吐いた。
「なぁ柳生、俺のシアワセを望むんなら、俺を殺して。」
「っ………」
柳生は唇を噛み締め、掌に爪が食い込むほど拳を握り踵を返した。
「柳生……ごめんな。」
柳生が仁王のいる空間から出る瞬間、仁王は柳生に小さく謝った。
地上に出た柳生は大きく深呼吸をし、我慢していた涙を流した。
「すみません仁王君…私が弱いせいで貴方をまた傷付けてしまって、私が不甲斐ないばっかりに、貴方の事をなに一つ分かってあげられなくて。」
本当は、貴方が一番苦しいはずなのに、その苦しみをなにも理解してあげられず、なにも解決してあげられない事がもどかしい。
本当は、貴方が一番涙を流したいはずなのに、貴方は涙の流し方すら忘れてしまったことがなによりも苦しい。
あの環境の中、貴方はいつもなにをしているのですか?
私が家族と食事をとっている時、貴方はあの冷たい所で一人、食事をしているのですか?
私が静かに眠っている時、貴方は名も知らない男性に抱かれているのですか?
なぜ…なぜ助けを求めないのですか?
お願いです仁王君、もうこれ以上…苦しまないで。
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