NOVEL01

□アップアップダウン
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 不規則な隙間から白く漏れる光のせいで、ところどころ曲がって打ちつけられた薄い板がなにより黒く見える。濃く日陰になっていた小屋から出ると、カッと目がくらみ次は青空が黒く見えた。目が慣れると黄色っぽく薄汚れた小さな町が見えてくる。
 帽子の穴から差し込み顔に落ちた影を切り抜く強い光に目を細めて、ジャイロは荷物と共に待っている筈の車椅子を探した。車椅子では小さく建て付けの悪い馬小屋には出入りしづらかろうと代わりにジョニィの愛馬も自分が連れて入ってやったのだ。

「ジョニィ?飯でも食って…」

 しかし二人分の荷物が積まれているだけで、そこにジョニィの姿はなかった。自分が戻ってくるまでの短い時間とはいえ荷物だけを置いていくなんてなんて不用心なのかとジャイロはため息をつく。
また女の子にちやほやされて着いていってしまったのかもしれない。いつも一緒に行動しているジャイロからしたら頼りなく世間知らずなお子さまにしか見えないがそこが母性本能をくすぐるのか、単になかなか可愛い顔のせいなのか(それならばジャイロにも分からなくはないが)ジョニィはよく女性から声をかけられるのだった。
 半ば呆れながら辺りをキョロキョロと見回す。水飲み場に車椅子が見える。彼の周りだけ人がよけ、真ん中に残されている。ジョニィが側にいた男をドンと突き飛ばし、大きく口を開き何か叫んだ。
よろめいた乗馬服姿の小さな騎手を見てジャイロは急いで荷物を抱えて走り出す。


「…なんだい?気に触った?僕は親切で言ったんだぜ。」
 ヘルメットから長くはみ出たブロンドの襟足。ディエゴだった。
「うるさい!僕を見下ろすな!」
もし脚が動かせたら飛びかかる勢いでジョニィは車椅子の車輪に手をかけ、身をかがめた。グンと漕ぎだそうとする瞬間、ギリギリのところで腕を伸ばしてそれを止める。間一髪だった。

「おいどうした?坊や達よぉー。」

 ジャイロに気付くとディエゴは何事もなかったように真顔に戻り、そっぽを向いた。絵本に出てくるシャム猫のような態度。
 ブロンドの襟足をなびかせ飄々と立ち去る後ろ姿に、ジョニィが下品な言葉を連発する。ジャイロはガタガタと揺れる車椅子を押さえつけた。ばらばらに地面に転がって白く汚れてしまった二人分の荷物を拾おうと屈んだ途端に脇腹に強烈な一撃が打ち込まれる。ジョニィの強烈なエルボーが入ったのだった。

「あいつ!あいつ嫌いだ…!嫌な目で見てくる!見下してる!」

 まるでじだんだを踏むように、イライラと拳で車椅子の肘掛けを打つ。どうにか宥めようと背中を撫でた手を払いのけられた。

 ジャイロはレースが始まってからというもの、ディエゴの悪口を寝物語にされたりしている。ジョニィはなぜか執拗に対抗意識を抱いているらしかった。ライバルだったとも聞かないが、歳も近い同業者同士で何かジャイロにはわからないことがあったのだろう。
しかしDioも嫌われていることを知って癇癪持ちをからかいに来ているようだから大したことではないのではとも思う。しかしその後の不機嫌な相棒を連れていなければいけないジャイロの身にもなって欲しかった。もうジャイロも慣れてきたが、普段は多少幼稚なところはあれども気のいいジョニィが、突然火がついたように怒ったり泣いたりしだすのには最初驚いた。


☆☆☆


「飯どうする?食い行くか?」
「いらない。」

ディエゴに何を言われたのかは頑として言いたくないようだった。宿を決めベッドによじ登ると突っ伏して動かなくなり、何を言ってもノーという低い声が返ってくる。

「じゃあ俺だけでも…。」
「駄目」
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