NOVEL01

□夢のあと
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ミスタが二、三言葉発すると電話は直ぐに切られてしまった。
仕方のないことだろう。自分たちもまだ気持ちの整理どころか何の実感もないのだから。彼の性格はわかっているし、取り乱しそうになると冷たく振る舞って極力クールダウンしようとするのも知っている。ミスタにはフーゴを責める気持ちもなかった。

「意外と泣き虫なんだよなぁ。あいつ」

ジョルノは何も言わない。嫌な顔はしていなかったがフーゴをよく思ってはいないふうだ。
これから彼がどうするつもりなのかもミスタにはわからない。しかしジョルノを信用するつもりでいた。


霧雨は止み、みずみずしく冷えた空気が動く。空が広い。薄いブルーに世界が浸された、絵葉書のような景色。
トリッシュは亀の鍵にはめられた石を見つめてぼろぼろと透明な涙を落としている。部屋の中に横たわる体のことを思うと殆ど深く考えなくとも反射的に涙が出るのだ。
女はこれだからなぁ。ミスタは、ばつが悪そうにトリッシュの白い背中を見た。はやくこんな場所から離れてしまいたいのだ。サルディニアに置いて来ざるを得なかったアバッキオの遺体のことも気掛かりだった。
ジョルノの青い目からも、一筋涙が頬を伝って、顎のラインを撫でていく。
ミスタは、斜め上の空中を見上げながら急いで服の袖でゴシゴシと目元を擦った。考えまいとしても、殴られたように涙が出る。



ブチャラティ達の体と共にネアポリスまで帰る間、三人ともほとんど何も話さなかった。ポルナレフも亀の中に引っ込んだまま顔を出さない。
ジョルノと代わり番こにレンタカーを運転し、疲れきった体を鞭打ち、休み休みやっとの思いで見慣れた街に着く。
カプリ島へ向かう前と何も変わらない、いつもと同じ喧騒。帰路につく学生達や買い物袋を下げた一般人。
いつも気楽に話しながらこうしてここを走った。どうしようもなく懐かしく辛い気分に包まれ、ミスタは一瞬呆然となる。何か言いたくなったが、口を噤んだ。ブチャラティ達については、まだ語ってはいけないと思ったのだ。
夕方だったが、何日もの間を特殊な時間が流れていたせいで今日が何日なのかが全くわからない。
やらなくてはならないことは山積みだったが、まずは休息が必要だった。
取り敢えず今夜は俺の部屋で休もうとミスタが言うと、トリッシュがお風呂に入れるわよね、と安堵の表情を見せた。潔癖からではなく、長い長い永遠のような1日の終了に。


「ちょっとジョルノ!着いたわよ!」
久しぶりに戻る小さなアパートの駐車スペースにレンタカーを止め、電気を消して外からドアを開けてやる。
街に着いた頃から無口になったかと思ったら、助手席でうとうとしだしたジョルノをトリッシュが後部座席から腕を伸ばして揺り動かす。ガキなんだから。と頬をペチペチとはたかれジョルノが呻いて体を起こした。
トリッシュに、コロッセオでブチャラティとナランチャの体を前にして動けなくなるほど泣かれた時はどうなるかと思ったが、まるで何もなかったように振る舞える強さがあるなら大丈夫だろうとミスタは安心した。性根のタフさは悲しみの強さには左右されないようだ。

ドアを開けると、約一週間前から放置されたゴミ箱がむっと臭ってくる。そういえば生ゴミを捨てていなかった。
とにかく籠もったままの空気を入れ換えようと、散らかった部屋を乱暴に掻き分けて窓へと進む。三人が室内に腰を下ろすには掃除の必要があった。

「うわっ汚い。この臭い。何か腐ってるんじゃないの?」
「わり。先に風呂入ってろ。かたすから」

後から玄関に入ってきたトリッシュが鼻を摘む。バスルームを指し示すと、こっちも汚かったら承知しないとばかりに恐る恐る扉に隙間を開けて覗き込む。やだぁ。と頭を抱えた。コインランドリーが来て欲しいわ。
汚い汚いと嘆くトリッシュを無理矢理バスルームに押し込むと、ミスタは部屋を片付けだした。
ブルドーザーのようにがらくたとゴミをかき集めて部屋の端に積んでいく。久しぶりに色褪せたフローリングの床が見えた。
ジョルノはちゃっかり安物のソファーに脱力して埋もれて休んでいる。不愉快な弾力に不自然に首を反らされているが抗おうとはしていなかった。
ぼうっとして何か考えているようにも、眠そうにしてるガキのようにも見える。
途中で買ってきたファーストフードのパッケージを開ける気配もない。放っておいたらこのまま寝てしまいかねない。
ミスタは床に落ちた洗濯物を拾いながら呟いた。

「…これからどうするつもりだ?ジョルノ?」

帰り道、幾度も言おうとして飲み込んだ質問。
街の裏に社会が存在する今。必ず誰かが組織を統治しなくてはならない。いきなりそれが崩れればそれこそ無法地帯。
ミスタは、ならばそれは例えば自分やほかの誰かよりは、ジョルノがずっと相応しいのではと思っていた。(今は眠そうにしてはいるが)年下とは思えないほどの冷静な判断力と精神的強さに感動したし、自分の性格も理解しているつもりだ。
それにジョルノが現れてからの激動の日々に、神の導いた運命を感じたのだ。彼は神やジンクスを信じている。ジョルノには運も実力もあると確信できた。
ジョルノの目が此方を見た。ぱちぱちとまばたきをする。くっついた唇を引き剥がすように開く。

「…ブチャラティ達は、ネアポリスの出身ですか?」
「…はぁ?…そうだな…。確かブチャラティは漁村に住んでたって…聞いたような…それがどうした?」

突拍子もない返答の真意が読めない。ミスタは頭を掻いた。チーム内での身の上話はほぼタブーだったのだ。ミスタには特に知られたくないことはなかったのだが、ナランチャのことでさえも例えばなぜ学校に通わなかったのかなど、ミスタは何も知らなかった。
ブチャラティの故郷の話は漁の仕方について珍しく得意げに話してくれたことがあったから記憶に残っていたのだ。

ジョルノが言いたいのは、ブチャラティ達全員の遺体は彼等の故郷に埋葬するのか否か、ということらしかった。なんてデリカシーがないのだと、普段女性に言われる台詞が浮かぶ。

「ネアポリスの墓地なら直ぐに墓参りに行けますが、たとえどんなことがあった場所でも自分の故郷に帰してあげたいんです。」
「んー…」

ナランチャと約束したんです。と小さな声でジョルノが言う。確かにナランチャはしきりに故郷に帰りたがっていた。学校に通わせてやりたかった。と思って鼻の奥がツンと熱くなる。ミスタは黙り込んだ。しかし自分たちの現在は、彼らの最後の家はこの街ではないのか。そう思ってたどり着いたのではないのか?
脱衣所のドアの鍵が開く音がして白い湯気と共にトリッシュが顔をだした。

「ミスタ。ドライヤーは?」
「あー?んなもんねーっつの」
「嘘ぉ。信じられないわ。」

コンディショナーどころかリンスもないし。とぶつくさ言いながらトリッシュがそのまま脱衣所から出てきた。石鹸しかなかったが、化粧を大方とったせいで随分と子供っぽく見えた。着るものがないので元の服をまた着ている。
ミスタはしばらくそれを目で追って居たが、ジョルノに向き直って声を低くする。

「…俺は嫌だね。ネアポリスが俺達の家だったんだ。」
「ルーツというのは、決して消えません。ずっとつきまとうし、大事ですよ。そんなの勝手です。幼稚です。一時的です。」

ぶっきらぼうな言い方にカチンと来る。それはお前がこないだまでママンの腹の中に居たからじゃねーのか?とミスタが言うとジョルノは話しても無駄だとでも言いたげにため息をつく。
ミスタは目の前のふわふわのブロンド頭をひっぱたいてやりたくなったが、トリッシュの前なのもあってぐっと堪える。

「さっさとシャワー浴びちまえ。頭くせえって言われんぞ。なぁトリッシュ」
「…」
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