NOVEL01

□ズキ・ズキ・キズ
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失望の後遺症とつながってます一応


☆☆☆

何かが猛スピードで自分に迫ってくるような気がして、心地よいまどろみから無理矢理意識が引き戻された。
起き上がろうとしても体が動かず固まっている。ベッドが空中を猛スピードで流れているような浮遊感が押し寄せてきてわけもわからず身構えた。
頭上にジャイロの頬を感じる。何の疑問も抱かずにそれを受け止め、突風の中のような視界でジャイロを探す。何かが見えているのに何も見えないのだ。何が見えているのかわからなかった。
ぐわんと頭に不快な感じがあり、口元にもやもやと煙でいぶされるような感覚があった。キスされている。顔がどこに見えているのかもわからないのにそれはわかる。
腰が重くなる。触られているのだな。と思うのに感触はない。唇と舌にも触れている感触はなく、されているというだけなのだ。
口から脳みそを掻き回されているように目が回るのにまるで頭の中に砂嵐が起きているように自分の体まで声が届かないのだった。

流れていたベッドが落下しだす。反射的にジャイロにしがみつこうと上体を丸めると、そこに居るはずなのに届かなかった。ただ体は捕まって離してもらえない、ジョニィを乗せたベッドは落ちる。落下速度がどんどん上がっていき、体が浮かび上がった―――


☆☆☆


簡易ベッドがひっくり返ってしまうような錯覚をしてビクッと上半身が反り返った。脚の感覚があれば爪先で地面に張り付こうとしただろう。
一瞬の硬直の後、ぐったりと脱力する。視界がクリアになって目が覚めたのだと気付いた。眠っていた筈がひどく疲労していた。
夢だったのだと瞬時に安堵した頭が薄汚れた硬い枕に沈み込む。子供の頃はよく、ベッドの中で突然こうなったものだった。あの頃は兄の部屋に行けばベッドに入れて眠らせてくれた。

「どうした?」

少し離れた場所に置いた簡易ベッドに座り荷物をいじっていたジャイロが顔を上げた。日なたから差し込む光で逆光になっていて顔が見えない。
何でもない、と返事しようとしたら声がひどくかすれていた。口の中もカラカラに乾いている。起き上がって額の汗を拭う。ジャイロが手元の荷物から水筒を投げて寄越してくれた。大きな蓋に水を注ぎながら自分の呼吸の音に気付いた。今までこの日照りの中を走ってきたように息が上がっている。口をつけたと思うとすぐに蓋は空になった。ふぅ、やっと息を吐く。
飲んだら口の中に入っていた砂が湿ってじゃりじゃりと舌にまとわりついたので唾ごと地面に吐き出した。
あれは、確かにジャイロだった。性的な夢、それも悪夢なんて20年近く生きてきて初めて見た。刺激的すぎる感触だった。人に触れられるのはあんなに不愉快なものだっただろうか?気味の悪い感覚が抜けない。考えたくもなかった。

「また嫌な夢でも見たか?ん?」
「…いや、」

ジャイロが残りの荷物を足元に放る。しかし勢い余ってそのまま地面に落ちてしまった。拾ってやろうとジョニィが身を乗り出すとお尻でベッドに押し戻された。荷物を拾うとニョホッと笑ってそのままジョニィの脚を押しのけベッドに座る。

ジャイロが帽子を被っていないのは夢と同じな気がした。夢は何もかも裸な気がする。気がするだけでそこまでは覚えていないのだけれど。
ついこの間まで、屋敷の使用人の男と何度も何度も猿のようにしていた乱暴なセックスと、隣にいた男とを寝ぼけた頭が勝手に合成してしまったのだろうか。我ながら随分と悪趣味だ。それではまるで欲求不満の女ではないかと思う。恥ずかしかった。
なんだか叱られているような心地だ。
押しのけられた自分の脚。水筒の蓋のコップに張り付いた浮かんだ砂の粒。に、妙に注目する。頭頂部にジャイロの視線を感じた。

「どうした。ひでえ顔してる。」
「…もともとこうだよ。」

そんなわけあるか。とまるで犬を撫でるように頭に伸ばしてくる手を払いのけ、届かないところまで避難する。吐き気がこみ上げ暴れ出したくなる。自己嫌悪だった。背中に腕にムズムズと押し寄せる。ジャイロはいつも優しい。けれども、今いつも通り話せというのは無理な話だった。
寝直そうとごろんと横になるとそれを見下ろすジャイロの深い緑の目玉と目があった。大分目が慣れてきて細められた白目が浮いているのが見える。
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