NOVEL01

□感情より先に
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顔面がふにゃふにゃになって、口元が引っ張られたようにひきつる。おやっと思ったら一度二度と小さなくしゃみのように喉から息を漏らして、たちまちしゃくりあげだした。
手の甲にぼたぼたと落ちていく涙。
水滴を拭って隠しても、ジャイロは自分の顔を見ているのだから意味がないのに、ジョニィはべそをかきながら手と頬をゴシゴシ擦ってはすすり泣くのだ。

ジャイロはまずかったなと思った。
親に連れられて来院した子供がこうなると診察を一時中断しなければならなかったことを思い出す。

「…そんなに今のが悔しかったのか?ジョニィ?」

ジョニィは肩を震わせて、嗚咽を抑えながらかぶりを振った。違うようだった。
どうにか不細工な声が絞り出される。

「…っ、お、怒ってる…のか?」

「おいおい。怒ってんのはそっちだろ。
そんなマジ泣きするほどのことだと思わなかった。悪いことしたぜ。」

ジャイロは両手を上げて降参のポーズをする。まるで自分がいじめているようではないか。
するとジョニィは首をぶんぶんと激しく横に振ってテーブルに突っ伏してしまった。いつにないヒステリックな泣き方に驚いて思わずジャイロは立ち上がって覗き込んだ。

「うぅ…っ、うっ…ひぐっ」

肩が震えるのを抑えようと筋肉に力がこもった腕に触れる。
ジョニィは何か言おうとしていたが、唇が震えて半開きになってしまって泣き声しか出てこないようだった。

「大丈夫か?とにかく落ち着け。なぁ。」

ジャイロは、あぁ、抱き締めずにはいられないと思う。
抱擁が必要なレベルのようだ。
判断するや否やジャイロはテーブルにしがみつくジョニィを顔を見ないでやりながらぎゅっと抱き寄せた。
緊張した体が嗚咽と同じリズムでけいれんしている。実際の体格よりずっと、ジョニィが小さく思える。首筋が熱を持っていた。肩にかかる息が熱い。
ジョニィが額を擦り付けた。ぐすぐすと鼻が鳴る。口をパクパクさせるたび殆どしゃっくりのような声がもれた。

「に、兄さんが…兄さんは…」
「うんうん」
「僕のせいなんだ…僕の…」

背中をさすってやりながらジャイロはあれっと思う。ジャイロが責めたのはその話ではなかったのだ。確か「それはお前のせいじゃないんじゃないか」と言ったはずだ。
しかしジョニィの中では兄の落馬の事件が一番ひどく胸に突き刺さっていたようだった。頷いてはいても、ジャイロの言葉なんかで簡単に許されるようなことではなかったのだ。

「僕が悪いんだ…。僕は最低なんだ。ジャイロは正しいよ…」

ジャイロの厳しい言葉が何倍もの威力でジョニィの弱くて卑屈なところを食い荒らしたようだった。子供の頃の記憶は誰でも無防備なのだ。
ジャイロはジョニィのことを最低だと思ったことなんてない。こんなにいとしく思っているのに。

「…ちっせー頃のお前がすげー辛かったのはわかったから。大丈夫だ。大丈夫。」

お前は何も悪くないと言ってやりたかった。
兄へのコンプレックス故かもしれないが、才能に恵まれ有頂天になって傲慢になっていたのは確かだろうし、未だにすぐにぐずるようなことだからいけないんだとか、男としては言いたいことがたくさんあるけれども。

それでも許してやりたい。

俺が好きなくらい自分を好きにならせてやりたい。痛切な気持ちが湧き上がる。楽にならせてあげられたらどんなに嬉しいだろう?
ジャイロにはどうにもしてやれはしないのだ。
ずんずんと腹の底から胸へと温かい何かがこみ上げてくる感覚。どうしようもなくなり、もう一度力いっぱい抱き締めた。



<end>


「子供の頃の記憶は誰でも無防備」が使いたかっただけのジャイジョニ習作

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