2

□thirty-seventh.
2ページ/2ページ


 レギュラスは最初からメリッサの肩口に顔を埋められる鋼のメンタルを発揮していたが、メリッサがレギュラスに促されるままこてんと同じ行動をしてくれるまで数分の葛藤があったようで。

顔が見えない中で視線も合わせることが出来ず抗議する為に背中に立てられる爪が懐かない猫と対峙している気分にすらなる。

だがレギュラスの根底にあるのは愛玩動物へ向ける想いでは無い。背に爪を立てる相手など目の前の体温上昇を遂げるメリッサしか過去も未来もあり得ない。

その経験をチラリと思い出しレギュラスが思い出し笑いをしていると、鎖骨目掛けてメリッサが強めの頭突きを繰り出し、鈍痛にレギュラスは呻く。


「っ……、べ、別にメリッサを笑っていた訳では……!」
 
「さっきから私のことばかり笑ってるレギュラス君の言う事なんて信じません」

「笑いましたけど……今のはちょっと違うことで笑ったんですよ?」

「…………一応信じるわ」

「今物凄く葛藤しましたよね。最後に僕を信じてくれて何よりですけど、酷いなぁ」

 半ば笑いながらレギュラスが言えばメリッサは大袈裟な溜息を吐く。至近距離でそんなことをされれば熱い吐息が肌を滑り落ちる訳で。

ゾクゾクと背筋が震える感覚にレギュラスが身悶えしていると、メリッサがぽつりと掠れた声で呟くので、意識はがらりと変わっていく。


「何だか夢みたいね。普段距離を取ってるからこそレギュラス君が傍にいるのも、こうしてくだらない会話をすることも、私が見てる夢のひとつみたい」

「確かに夢みたいです。でも夢が覚めてもきっとこの体温は現実だってあなたに教えてくれるはずですよ。だからきっと大丈夫です」

「レギュラス君の鎖骨の痛みもきっと現実だって教えてくれるわよね?」

「……それは夢の中の話なので僕は信じません」

「なぁにそれ」

 くすくすと注がれる愛らしい声。レギュラスは時折腕の中の存在を抱え直しながらも彼女の疲労が溶けていくようにと他愛の無い会話を続けていく。

まるで恋人同士のように抱き合って内緒話をするかの如く相手の耳に注ぐ形で会話をする。きっとお互いが寂しくて触れ合えない距離を貪るようだとレギュラスは思えた。

魚が真に求めるのは水のように。雨は大地に降り注ぐことを望むように。レギュラスとメリッサがこうして何度も引かれ合うように。


 どんなに記憶が無くなろうともレギュラスへの根底の想いが拭い去れずにメリッサが拒もうともしない現状はあるべき姿なのかもしれない。

そこに今のメリッサの淡い感情が灯れば何も言うことは無い。それは彼女の存在が紛れも無くレギュラスを求めていることに違いは無いのだから。

(少しずつあなたの中で僕への想いは変わっていってる?……もう少し。お互いに我慢が出来れば……きっと)
 










 肩口から顔を外せるようになったのは話し始めて一時間が経過した頃だったろう。朝日が遠くの山からひょっこりと顔を出し、厚い雲から降り注ぐ雪が光を反射してキラキラと主張する。

もうそろそろ離れなければならないとレギュラスが焦燥感と離れたくない思いに苛まれ始めた時、メリッサがふと思い出したように「前回話した夢の続きを見た」と言うのだ。

「確か前はジェームズ先輩の夢でしたっけ?」

「うーん多分。でも今回はお兄ちゃん処か人間は出てこなかったわ。銀色の凄く大きな十字架とか……でも凄く切れ味がよさそうで普通の十字架じゃないのよね」

「……そんな危ない十字架なんてあるんですか?何故マグルの物が夢に出てくるんでしょうか……」

 肩を竦めるメリッサを見るに理由なんて分からない様子だ。そもそも彼女が見る夢自体が過去の記憶を思い出しているにしてはレギュラスの聞き覚えの無い事ばかりが耳に入る。

疑う訳では無いのだが、過去の記憶を見ている訳では無いのではないだろうか。そんな思いがレギュラスの心の隅に灯る。

「何だか湿った場所にそれがあるのだけれど結構滑り心地がいい場所でね……」

「歩きやすさがいいのでは無く?」

「あれ?あ、そうね。歩きやすさ、だと思う」

 夢が曖昧なのか変わった言い回しをするメリッサは不思議そうに首を傾げつつも訂正した。難しい顔をするレギュラスは自分でも眉を寄せ考え込んでいるのが理解できていた。

なのでその様子に気付いたメリッサが不服そうにレギュラスの頬をむにっと掴む悪戯をしてきたことにレギュラスはぎょっとし、自身の考えが吹き飛んでいく。

「ちゃんと聞いているのレギュラス君?」

「うえっ!?きいてまひゅから、はうして!」

「……まだ駄目よ。ふふ、伸びる」

 むにーっと横に伸ばすメリッサは実ににこやかで可愛い悪戯を楽しんでいる。

ポッター家の血筋なのかもしれないが、やられているレギュラスはやられっ放しというのは自身のプライドが許さない。負けず嫌いが衝動のようにメリッサの頬に伸びその柔らかな頬を摘まむ。

手加減をしつつもぐにーっと横に引っ張ればメリッサが首を振り嫌がった。レギュラスの気持ちを身を持って理解出来た筈なのに外そうとしないメリッサ。

小さな格闘が始まったが終わるまで暫くかかるのだろう。こうして頬を摘み子供っぽい悪戯をしている間は二人の時間が守られる。

それが分かるからこそせめて少しだけでも、とレギュラスは頬を弱く引っ張る指を拒もうとはしないが、負けるのは嫌だと子供らしくも思うのだった。




.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ