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□thirty-third
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夜の八時。罰則執行時刻とも言える時間帯に寮を抜け校長室へと向かう四人は、いつものソファに一人座り分厚い資料を読み漁り熱心に羊皮紙に書き綴るレギュラスに見送られ出てきた。

罰則代わりのお説教なんてサボって傍にいるとごねたシリウスを一喝したのはレギュラスで。

待てを受けた犬のような恨めしい瞳で寮を抜けるまでレギュラスを見つめるも、弟は既に兄を見ておらず授業用とは思えないレポートへと向き合っていた。


 渋るシリウスを皆で引っ張り堂々と夜の静けさで不気味なホグワーツ城を練り歩く。グチグチと文句を言うが自身の弟を心配する声も溢れるシリウスを咎めるつもりなど誰もいないのだろう。

先程のように一人でいる時間は授業外の勉強をし続けるレギュラスは、どこか生き急いでいるようにも思えてシリウスの不安が募る気持ちをジェームズは理解出来る。

実際大事な妹がレギュラスと同じような行動をしていたのなら兄として酷く心配してしまう。レギュラスとメリッサの関係が揺らいでいる現状は二人だけの問題では無く周囲の人間までも巻き込んでいる。 

何かを探し回る様に寮から出る機会が増えたメリッサも、死に急ぐ様にがむしゃらに勉強し続けるレギュラスも。きっと自分達のことで一杯で周囲の人間のことなど気にも出来ないのだろう。


「……無茶し過ぎて倒れないといいけれど」


 ぼそり。ジェームズの独り言は誰に聞かれることも無く。シリウスの愚痴を宥めるリーマスの声と、火に油を注ぐピーターの声に掻き消されてしまった。










 普段の罰則とは違い偉大なるダンブルドア校長先生のいる校長室のドアの前で四人は頭を悩ませていた。

校長室へ入る為の合言葉を誰も聞いておらず、誰もが鍵はかかっていないと思っていたと漏らしたが……扉番のガーゴイルは扉を開けてくれる気配は無い。

義理も人情も無いのだ。ダンブルドアが好きそうな物を片っ端から挙げていくが五分が経過した時にはネタが尽きてしまい、また皆で頭を抱える。

「お菓子どころかデザートやら料理まで言ったのに開かないなんて……」

「おいリーマス。何か思いつかないのかよ?この中じゃお前以上にお菓子の名前を知る奴なんていないぜ」

「無茶言わないでくれ。僕が一番頑張ったじゃないか」

 途方に暮れる面々。ピーターは全く関係ないワードまで出してガーゴイルに退いて貰おうとするが、ピクリとも石像は動かない。

「ああっもう!えーっと……えーっと……クディッチ!キーパー!チェイサー!シーカー!」

「……なにしてるんだい?頭でも湧いてしまったのかなピーターは」

 ストレートな罵倒にピーターは顔を真っ赤にしたが独創的なアイディアを口に出してきた。

「湧いていないよっそれに今のは僕の好きな物をあげたんだよッ」 

「ピーターが好きな物あげたってしょうがないだろ?ダンブルドアが指定した合言葉を言わなきゃ意味がねえんだから」

「それでも思いつく限りのことを言っても開かなかったじゃないか。なら違う視点で言うのだって意味があるかもしれない」

「……ピーターにしてはいいこと言うね。最近君の中でちょっとした変化が起きてきたのかな?良い傾向だ」

 どこか照れた様子で頭を掻くピーターの横に立ちリーマスはガーゴイルを見つめながら、彼もピーターの案に参加することにしたらしい。

「んー……やっぱり僕が好きなのはチョコだなぁ。チョコパフェ、チョコケーキ、チョコフォンデュ!」

「うえ……聞いてるだけで胃もたれしそうだ」

 胃を擦り青褪めていくシリウス。お菓子に関することには地獄の果てまで聞こえる耳は、お菓子への冒涜に等しい言葉を拾いリーマスの背後にいるシリウスをこれでもかと睨み付け、彼を驚かせた。

冒涜する暇があるならシリウスも参加しなよ。そう淡々と言ったのだがシリウスの横にいたジェームズには、リーマスの目にぐるぐる回る怒りが見えた気がしてそっとシリウスの背を押してやり参加させる。

仲間内からの後押しと怒りに胃を摩りながらもシリウスはガーゴイルを見つめて何度か口籠ってから、閉じた両手をゆっくり開くように彼の好きな物が露見していく。


「あー……ジェームズ、リーマス、ピーターだろ……クディッチは言われたし、後は悪戯か。もっと他に……、……レギュラス。ババア、ジジイも一応」

 耳先がほんのり赤くなっていることに皆の後ろにいたジェームズだけは気付いていたが、ガーゴイルが全く反応しなかったことに癇癪を起こすシリウスにより、他二人は怒りと勘違いしたのだろう。

先程まで怒っていた筈のリーマスさえ「まあまあ」と宥めに入っていた。そんな皆を見守りながらジェームズはシリウスが言った言葉を思い出しふと疑問に思った。

だがそれはジェームズへの配慮だと判断し、突発的な場合でも最低限の理性が働いているシリウスに感謝しながらも立ち塞がるガーゴイルへ視線を向ける。


「他に言われてない僕の好きな物は、リリー。それに父さんに母さん。友人一歩手前って感じだけどセブルス。最後にーー」

 そのワードを言った瞬間ガコンッと何かが外れるような音を立ててガーゴイルの石像が横へとずれて扉が現れていく。皆が呆気にとられたのだろう。

ダンブルドアが設定した合言葉はお菓子では無かった。何故この合言葉にしたんだとジェームズは校長への疑問が湧く。

だがガーゴイルが完全に動作を止め再び無音を取り戻したと思えば誰も手が触れていないのに扉が口を開き、疑問は弾け飛んでしまう。開いた部屋の中から見える場所にいるのは……校長では無かった。


 ぼそぼそと会話が聞こえてくる。聞き覚えのある女生徒の声と校長では無いどこか包み込む様な男性の声。

生徒である女の子はジェームズ達に背を向けて立ち、誰かと話しているようだが人の姿は見えない。座っているとしたら体の一部が見える筈だというのに……何も見えなかった。

「ーー部屋ーーは選ばれーーだけがーーう」

「そう……っえ……!?」

 何かの気配を感じたように女生徒は驚いた様子で背後を振り返り、ジェームズと同じ色のハシバミ色の瞳を満月と同じ位大きくさせた。

悪戯仕掛け人は誰も何も言わなかった。もしかしたら言えなかったのかもしれないし、この場で発言する権利はジェームズにしか無いと思い黙っていてくれたのかもしれないが。

だが恥ずかしくもジェームズはいつものようにお道化て余裕のある言葉は出てきてくれやしなかった。

生まれて初めてその名を呼んだ時よりもずっと下手で言葉に出来ない動揺で固められた言葉は……


「メリッサ……」


ーー校長が指定した合言葉と同じ言葉だった。




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