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□thirty-first.
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 そもそもレギュラスが一番最初の頃や二回目の時など経験の浅かった時ならば、今のように冷静に兄の言葉を聞くことは出来ず意地やプライドで跳ね除け、関係無いの一言で終わらせていただろう。

だが何回も繰り返す中でその行動も心理も実に幼いと笑えてしまう。

泥を舐めるような屈辱やその味を覚えてしまった今のレギュラスには、現状のシリウスの癇癪は『友を盗られ嫉妬に駆られた衝動』に近いと判断できる。

きっとシリウスが今のレギュラスと同じ心の持ちようならば、親友の精神的成長を喜び歓心出来ただろうが……子供には理解出来ない。

(兄さんは子供だ。だからこそ同調していたジェームズ先輩が虐めの対象であったセブルス先輩に友好的になったことに……心がついていって無いんだ。嫉妬してることすら気付いていない口だな)


「僕は元々セブルス先輩とは面識がありましたが深い友情を築いた訳ではありませんでした。それでも彼が飛びぬけた魔法薬学の知識を持つことは当時から知ってましたよ」

「……」

「最終的にホグワーツで教鞭を取るほどにまでなった人の知識……ボーダーラインを越える為に活用できると僕は判断し、結果的に現状の友好関係を築けば僕自身の利益になると今も思っています」

「お前は、」

「兄さんが潰した手紙の内容も日常生活を綴ったものでは無く研究に対する先輩の意見や反論、新しい考え方などです。研究仲間同士での手紙は論文のようにも見えるかもしれませんね」

 するりとシリウスの手を外すとあっさりと重力に従っていく。呆然ともとれるシリウスの態度にレギュラスは苦笑して、紛れも無いレギュラスの本心をシリウスへと焼き付けた。


「忘れていませんか兄さん。僕がどうしてグリフィンドールに入ったか、僕がどうして家族の仲を修復したか、僕がどうして何度も生死を繰り返しているか……」

「……知ってるさ。ボーダーラインを越える為でありボーダーラインの所為でもある」

「その通りです。前者の為に手段は選びません。どんなに兄さんが嫌な相手だろうと殺したい相手だろうと、僕にとって有益であるならば利用します。血も涙も捨てなければ死は越えられないんです」

 かつて血も涙もあった頃。レギュラスが携えていた繊細な心は幾つも大事な物を守ろうと必死に足掻き、その度に全てを失った。情があるからこそ守りたいと思える。

だが情が有り過ぎるからこそ絞り切れず失くすのも事実だった。たったひとつに絞り切るまでにここまで時間がかかってしまったが、漸く守れる可能性が見え始めている。今度こそ守る。

その決意に優しく繊細で全てを包み込む心は邪魔でしか無かった。


 血も涙も捨てた非情な心が可能性という名の奇跡を手繰り寄せるのだとレギュラスはシリウスへ言えば、彼はみるみる内に悲痛な表情へと変貌していく。

まるで可哀相とでもいいたげな顔にレギュラスは一瞬呆けるが、すぐに表情を解き緩く微笑みかけ、まるで呪いの提案をするように言うのだ。

「それでね兄さん。僕は今からあなたに無理なお願いをひとつしますから代わりにあなたが僕に無理なお願いをひとつ言って下さい。それでこのお話は終わりです」  

「随分唐突だな。脈絡も無い話なんてレギュラスらしくない」

「だって不毛じゃないですか。水掛け論なんて話すだけ無駄ですよ。それに何かを代償に両者痛み分けにした方が最良の場合が多いものですよ」

 新しい羊皮紙を取り出し羽ペンにインクをつけ中央にまっすぐ線を引く。その右側にシリウスを左側にレギュラスの名前を書き、まずはシリウスの欄にお願い事を書く。

教科書を踊る文字のように型崩れの無いものがペン先から紡がれる。完成した一文を覗き込んだシリウスは「ゲッ」と素直な感想を述べ完全同調した表情のまま楽しそうなレギュラスと視線を合わせた。


「何だよこの”ボーダーラインを越えるまでにセブルス先輩と一般的な日常会話を出来る様になる”って。俺の今までの気持ち聞いといてよくもまぁ言えるもんだぜ」

「正確には書けるですがね。でも最初に言ったじゃないですか無理なお願いをすると。痛み分けが最良だとも」

「いやでもよぉ……」

 簡単には頷けやしない内容。難しい顔で頭を掻くシリウスにレギュラスはとてもいい笑顔で兄の悪意の揺れる風船をつつき始める。

「そもそも嫌いだと自覚してて何故わざわざ自分から会いに行くんですか?虐めることが至福の一時というなら別ですが、無視出来ないほど子供なのですか?」

「んな……!?」

「だってそうじゃないですか。学校生活をしているなら会わない日も当然あるのにわざわざ虐めをする為に会いに行くなんて……自分の好きな趣味についてでも考える時間に回せばいいのに」

「妙な勘違いしてんじゃねえぞ!だ、誰が子供だっ俺は皆が行くからついて行ってるだけだ!」

 獲物がかかった。内心ほくそ笑むレギュラスは何食わぬ態度でさらりと聞き返す。

子供だとは弟に思われたくない兄の心理を突き生み出された言葉は、そのまま羊皮紙へと吸い込まれていく準備をし始める。

「え?ですが兄さんは子供みたいな感情で暴走し、挙句の果てにジェームズ先輩がセブルス先輩と仲良くし始めたことに子供の癇癪を起し僕に暴露したんでしょう?」

「はあ!?んなことしてねえよ。俺は別に子供じゃねえんだから、癇癪なんて起こさねえ!暴走もしてねえ!」

「なら子供では無いと?」

「その通りだッ」

「ーーなら大人の対応を出来るとでも言うんですか?例えば、冷静に会話するとか……」

「出来るに決まってるだろ!ーーあ……」

 シリウスが断言した瞬間お願い事が書かれた羊皮紙が一瞬目が眩む光を発したと思えば、シリウスが頭を抱えて膝をつく。

後悔の言葉と声にならない叫びをあげる兄の横でレギュラスは羊皮紙に銀色で刻まれた”YES”の文字に満足気に頷く。今日ほど高度な無言呪文を使えてよかったと思う日は無い。

恨めしそうなシリウスの視線を下方から受けるがレギュラスの笑みは止まらない。羊皮紙とペンを兄の傍に置くと言い出しっぺは高らかに言う。

「さあ次は兄さんの番です。どんな無茶な願いも聞き入れますよ。僕は大人ですからね」

「……くそ。お兄様を掌の上で踊らせて何が大人だ。性格の悪いクソガキだろうッえげつない願いにしてやる……」

 絨毯の上で寝そべり行儀悪い体勢のまま、この部屋に入る前とは違う怒りに色を変えながらもシリウスが迷いの無い願いを書き上げていく。

右肩上がりの荒々しい文章が一行。無作法にもレギュラスへ突き返されそれに目を通す間シリウスは黙って弟の様子を見守っていた。

そしてふるりと動揺するレギュラスの視線の揺らぎを見て、にやりと悪戯仕掛け人は笑う。痛み分けの言葉が似合う重い願いごとは、心理的な重みの枷となりレギュラスに嵌る事だろう。

そんな弟を指差してシリウスは仕返しとばかりに高らかに言う。


「YESと言えよレギュラス。俺に痛み分けを求めるくらいならそれ位やれよ」

「兄さん……性格の悪さはやはり血筋を感じますよ」

「いってろ。俺が求める言葉をさあ、さあ!」

 怒りから簡単に開放されたように見えるシリウスの意地の悪い笑みが促す答えを、レギュラスは眉を寄せ熟考する。暫しの沈黙の末に疲れたように息を吐くと小さく答えを零す。

すると再び羊皮紙が光り静寂の中にひっそりと消えていく。残された文字は三文字。軽い約束事ではあるが口約束よりも拘束力のある約束。 

満足そうなシリウスがにやにやと口元を緩ませる姿はまるで優位な立場を奪い取られてしまった気分だが、レギュラスは兄が提示した願い事に暫し頭を悩ませる羽目になる。

レギュラスが思う以上に兄の懐に入っている現状だからこそシリウスもレギュラスの願いを渋々飲み、あの願いを出してきた。


 ジェームズとメリッサの揺るがない関係のように変わって来ているのだろうか。今まで遠くどんなに手を伸ばしても届かなかった物をシリウスさえも共に手を伸ばしてくれる……そんな関係に。


ーーレギュラスが無事に生きて俺達家族の元に帰ってくること!






(ちなみに破ると無駄に五感が鋭くなります)

(悪質な悪戯だな)

(最悪約束をした相手の心の声が届きます)

(どっちも損してるじゃねえか!)


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