文豪ストレイドッグス

□苦い世界でテメエとダンスを
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中原の眉間の皺が深くなる。確かに傍迷惑な部下だ。だがマフィアとしては最高の部下だ

サボる事も少なくないが本気で聞けと命じた時は確実に、的確に命令を全うする。飼い主の命令は絶対だと従順に従う狗の様だと何度見ても思う


中原の命令で全身を血で濡らし跪き次の命令を仰ぐ小夜の姿を見る度に、彼女の人としてどうかしてる部分をどうしても水に流してしまう

ーー何なりとご命令を、中也さん…


にんまりと笑うその姿は、正直ベッドに連れ込んだ娼婦よりも比較にならないくらい興奮する

中原の手中にあるのは世界で最も渇望され数多の血が流された世界でひとつしか存在しない毒々しい宝石がある気分だ

だがもう一つの面があってヨコハマ処か世界を滅ぼせる核兵器の起動スイッチでもある。中原次第でどうとでもなる宝石は何故か手放せない中毒性があった


小夜の己に従順な狗になる姿を見たい。中原にそう思わせるある種の魔性な面が今日まで手放せなかった理由なのかもしれない


(それでも…)

糞生意気な面も従順な狗の面も見てるからこそ中原はどちらが本当の小夜か分からなくなっていた

マフィアへ長期潜入をするスパイは、人間関係の構築が安定した頃に裏切るのは常套手段だと知ってるからこそ…捨てがたい存在となった小夜を怪しんでいる

(どっちがテメエなんだ。どっちも演技か。俺の懐に入ったのに暗殺しなかったのは何でだ…お前がわかんねえよ、糞小夜が)



ぐるぐると考えに浸る中原

奥歯を噛み締めギリリと音を立てる程頭を悩ませる彼の耳に、まるで小夜本人がこの場にいて話し始めたと錯覚する程突拍子も無い言葉を芥川は紡ぎ出した

ギョッとする中原を無視してまでも続けていく内に彼の意識が少しでも変化するようにと微かに願いながら

「ーー今日の小夜はいつもと変わらず的確に僕の心臓や眼を狙ってきました」

「は…?」

「寸分の狂いが無く本気で僕を殺しに来ました。だから僕も本気で小夜を殺そうとしましたが…流石ポートマフィア一の体術の使い手である中原さんの部下だけある。皮一枚で避けてしまうのです」

まるで作文を読み上げるようにつらつらと喋る芥川だが、ですが…と低めの声を出し残念そうに感じられるまま続けた

「小夜の精神的に不安定な日は最悪です。全てがキレが悪く急所では無く四肢を狙おうとするので、僕を殺す気が無いとすぐ分かるのです。迷いがある小夜と戦っても無駄なので取りあえず腕を切り落としますけど」

「…何が言いてえんだ」

中原の目付きが鋭くなっていく。答えが今すぐ欲しいのに遠回しに言う芥川にしびれを切らしているようだ

視線でも逃げるつもりが無い芥川が無機質な眼を凄む幹部へと向ける。まだ分からないのですか。そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気に中原の青筋が浮いて、すぐに消えた

「小夜は単純なんですよ。隠し事もすぐにバレる。顔には出辛くても行動なんて丸分かりです。天性のスパイ不適合者だと僕は確信しています」

「…んなの分かんねえだろ。アイツは、やる時はやる女だ。テメエだってよく知ってんだろ」

「そうですが…たとえ周りの組織の人間を騙せても僕や首領……中原さんを騙せるほど器用な奴では無いのはアナタが一番知っている筈でしょう」


ーーそれに誰よりも近くにいたアナタが小夜の異変に気付かない訳が無い

そう淡々と言い放つ芥川についに中原は閉口する。何を知った口をいいやがる、とごねたい気持ちもあったが奴は口から出るつもりは無い臆病者だったらしい

何故なら芥川の言った事は全て正論であったから。器用どころか不器用すぎる上に嘘をつくのも壊滅的に下手だ


体調を崩している時なんかは必死に隠そうと中原に異様に距離を置いて怪しまれ、結局バレることが何度もあった。隠し方が壊滅的なのだ

見つけてくださいといいたげな隠し方は濃い人生を送って来た中で随一な人材でもあるだろう

そこまで思い出して中原は薄く笑う。思い返せばするほど小夜が芥川の言う通りのスパイ不適合者かという事を確定していく要素ばかりで、馬鹿馬鹿しくて笑えて来る


中原の心境に変化があったことを見逃さない芥川は我慢していた咳を数度零し、癖になった口元を手で隠す行為に少し安堵する

大詰めだと浅く息を吐き深く吸って、苛立っていた雰囲気を和らげた中原に今すべき事をそっと伝えた

「…そもそも僕に最初に聞くべきではなかったと思います。最初から小夜本人へ率直に聞いた方が、中原さんが悩む事なんて無かったはずです」

「それなァ…考えたがやっぱり嫌だったんだよ。アイツが俺を裏切っている事に直面したくなくてよ…悪いが芥川でガス抜きしてからって、な」

苦笑を浮かべる中原はお洒落な帽子を一度取り髪を全体的に片側の首筋から胸へと流した後に被り直す

普段の余裕が見える様子に安心した芥川。貸し一つだと心の中で小夜に言うのを忘れはしない

「きっと小夜は、中原さんの疑惑を払拭する為に常識外のことを仕出かす筈です。万が一本当に裏切る算段だとしたら、アイツは中原さんに直接抜ける事を相談しに行きますよ」

「ぶは…っああ…想像つくわ。万が一の場合は、俺が小夜をこっちの組織に引き込めばいい話だもんなァ」

愉快愉快。声をあげて笑う中原は、この部屋に入った時よりも憑き物が落ちたような顔で「世話になった」と零した

ついで「貸し一つだな」と言う物だから芥川が驚いてしまう。結構長い間話をしていたようで、医務室へ送ると言う中原の元へ近付こうとすれば、途端にぐらりと視界が揺らいでしまう


ばちゃっと血の湖は水しぶきをあげ芥川の歩行の妨げをするので余計にふらつく

そんな姿に見かねた中原がひょいと芥川を俵担ぎし、重力を極限まで軽くさせて体重をあってないようなものに変えた


ぐらりぐらりと歪む視界が辛くて眉間に皺を寄せた芥川は、今までの饒舌が嘘のようにたどたどしく感謝を言えば「気にするな」とだけ返ってくる

それとまだ完全に血が固まっていない芥川の服の所為で中原の肩口が汚れてしまうとも伝えるのだが、「慣れている」と返ってきて芥川を困惑させた


(小夜をこういう風に運んでいると言う事なのだろうか…地味に腹に肩が食い込んで大変なのにアイツは大丈夫なのか)

(事あるごとにこの担ぎ方するからなァ小夜に問いただすついでに綺麗にさせるか)



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