文豪ストレイドッグス
□苦い世界でテメエとダンスを
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ガタン!ガタタタッ痛え!糞が!
深い眠りを妨げる何かがぶつかる音が小夜の耳に入り、マフィアの指導により骨の髄まで染み込んだ体の動きが、寝起きとは思えないほどに機敏に飛び起きその場を離れた
ベッドから飛び降り誰もいない室内の中心で警戒をしている小夜は、襲撃かと神経を尖らせるが耳をすませば自分の部屋の方向から罵声と何かを片付ける音が聴こえてくる
「ああ…お掃除してくれてるんですね、感心感心」
これで漸く部屋に足を踏み入れられると嬉しそうな小夜だが今の発言を中原に聞かれたら本気で殺されかねない
彼女は部屋が汚くなる度にこうして忍び込み、案外面倒見の良い中原が人を殺す時よりも怒りながらも能力を使い片付けてくれることに甘えているのだ
どんなに叱りどんなに痛めつけようとも聞く耳を持たない小夜と根比べをするつもりなど無かった中原が折れる事で事態は収拾した過去がある
現に激しくドタバタと荷物を移動させる音と共に、中原の小夜への罵倒がここまで聞こえてくるのは気のせいでは無いだろう
ーーどこでこんなふざけた銅像拾ってきやがった!?誰が片付けると思ってんだッ殺すぞ!
「どこでしたかね、確か酔ってた時にどこかの公園から一緒に帰ってきたんでしょう」
ーーあああァ!二週間前に片したばかりだったっつーのに…ッあのブスぶっ殺してやる…!
「大変です。殺されそうです。あとブスじゃないですよ平均です平均」
聞こえもしない相手へと他人事のように独り言を返す
その間にも彼の寝室の隅に置いてある小夜専用チェストを開き、しっかり洗濯済みの下着と私服を取り出し着替え始めた
仕事用とは違い全く血生臭くない。それすら久しぶりの感覚で新鮮なのだが黙って浸っているほど時間は残されていない
このまま中原が掃除しているのを見ずに終わるなど愚の骨頂。高みの見物へと馳せ参じてこそ中原中也の部下たるものだろう
そうケラケラ笑いながら決めた小夜は軽快な足取りで彼の部屋を出て、自身の自室へと近付いていく
周囲のマフィアは慣れた所為か恐怖のあまりかわからないが影ひとつも廊下に無い。そ知らぬふりをするのがこのポートマフィアで長く生き続ける処世術だと知っているからだ
ぎゃんぎゃんと吠えながらバッタバタと部屋に散らかるゴミをゴミ袋へ纏めていく手付きは非常に慣れている
開きっ放しのドアから覗き見してる小夜は意地が悪い事に「うぷぷ」と笑いを堪えていた。だが気が立っている中原の耳に届くのは当たり前のことで…
ギンッと瞳孔が開ききった中原がドスの聞いた声で怒鳴り付けてきたのを合図に、大分きれいになった室内へと入った
「何笑ってんだァテメエっ高みの見物ですまそうなんざ俺が許さねえからな…ッ」
「おはようございます中也さん。いい掃除日和ですね」
「ーー小夜?俺が笑える内にそのふざけた口を閉じろ。じゃねえと飯もつくってやら…」
「さあ中也さん!お手伝いしましょう!一番使えるアナタの部下が来ましたよ!」
「……ハァ」
中原の作る飯を犠牲にするくらいだったら自身の無駄に高いプライドを容易く捨てる小夜だ
その点に関してだけは扱いやすいとは思うが。残念ながら口が悪すぎる。そして中原に反抗的なのは今も昔も変わらずだ
複雑な心境で、埋もれていたベッドへ嬉々として近寄る残念な部下を見つめた
(こいつ…なんで俺にだけこうも反抗的なんだよ。太宰の糞野郎にでさえそんな態度見せてなかったのによ)
太宰の糞野郎と呼ばれる男性は二年ほど前に組織を抜けた。かつては双黒と呼ばれ中原と相棒をしていた奴だが、お互いにお互いが気に入らない処か嫌悪の対象であった
それでもマフィアらしく汚れた世界を生き抜く力があった男だ。中原は奴が抜けたと聞き祝杯をあげるほどに喜んだものだが、小夜はそうでは無かったのだ
そいつには割と従順な素振りを見せていた小夜の姿を思い出し、中原は舌打ちをする
掃除後のご飯を心待ちにしている小夜は、上司の疑惑の芽が成長していることにまったく気にも留めない
(小夜が言った通り…コイツは俺の部下の中で一番使える。かなり長い間使って来て今更だが…俺への態度が怪しいんだよなァ)
「なーかはーらさーん、シーツにコーラが一本分零れてシミになっているんですけどゴミですか?」
「…ッチ、ゴミだ処分しろ!あとベッドの上で飲み食いすんなって口うるさく言ってるだろうがッ」
「中原さんのベッドではしてませんよ」
「当たり前だ」
中原の疑惑など全く知りもしない能天気な小夜を明日殺すかもしれない。今更血で手を汚す事に抵抗はないのだが…
(コイツ死んだら俺の部屋にあるコイツの荷物の処分めんどくせえな…報告書を押し付ける相手も減るし戦力も減る…傍迷惑な話だなクソ)
相棒とも呼べる程に強い彼女を失うことに、気が重いのはなぜだろうか
中原はゴミ袋の口を力強く結び片付いた部屋の隅へ投げた。ひとまず嫌がらせとして小夜の嫌いなメニューを作る
そう心に決め未だもたもたとシーツと格闘している小夜の背中へと蹴りと「遅え」と文句を言う
がきんっと彼女に当たる前に透明な膜で弾かれる。それすら何だかイライラしてやり場のない怒りを飯にぶつけることに決めた
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