テイルズオブディスティニー

□Look at me
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 船着き場があるチェリクの町にハル達は足をつけた。

太陽と月を二歩跨いで辿り着いたカルバレイス地方は、砂色の地平線と空が目線の高さで分けられ、蜃気楼にも似た空気の滲みが境界を曖昧にさせていた。

辛うじて整備された船場にも砂は浸食しており、見渡せる限り地面は深い砂に覆われている。海からの風に足元の砂の粒がゆっくりと前進していく。

 広大な砂漠に多数の火山が点在する不毛な土地。この地方を説明する本には、必ずといっていいほどに書いてあるワードを、ハルは思い出す。

身をもって感じる火山地帯特有の喉を焼く熱気と、熱を逃がさない砂の大地の相乗効果は、心身を着実にすり減らしていくのだ。

地元民でもない人間ならば尚更そうだろうと、喚く金切り声の持ち主への溜息をそっと飲み込んだ。

「あっつーい!!」

 ルーティが吼える。誰よりも涼しい装いだとは思うが、肌に突き刺さる日射しの強さは人の倍なのかもしれない。

「何なのよ! 暑いじゃないの!」

(そういう土地だと前もって分かっていたじゃないの)

「実際に体験するのと情報だけじゃ違いすぎるからむかつくのよ!」

 アトワイトが呆れ果てた声音でルーティを宥めている。その間に一番元気らしいスタンがリオンへと次の目的地を尋ねていた。随分とやる気に満ちている様子だ。実に暑苦しい。

「リオンっこの街を抜けてどこに行くんだ?」

「……この街にあるバルック基金のオフィスに向かうんだ。勝手に街を抜けて砂漠を一人彷徨う羽目になっても僕は助けんぞ」

(責任者であるバルックが作ったバルック基金はオベロン社のカルバレイス方面支部でもあるんですよ。バルックという人の元へ行きましょう!)

 ハルは暑さに弱いらしいフィリアとマリーを気遣う。少しでも重い物は体力のあるスタンにでも預けた方がいいと伝える。

マリーは遠慮したがフィリアは申し訳無いと謝りつつも荷物を託していた。

「レンズ。あんたオベロン社の結構偉い立場にいるんでしょ。そのオフィスとやらにとっとと案内しなさいよ」

 刺々しくルーティは言ってきた。ハルは「困りましたね」と肩を竦める。非常に苛立っているルーティはさらに火力をあげて噛み付いてきた。

「なによ。まさか知らないなんて言うんじゃないでしょうね」

「そのまさかです」

「はあ!?」

 リオン以外の全員が驚いた表情でハルを見てきた。日射しの強さで熱を持ちだした伊達眼鏡のズレをそっと直す。

(どういう事だ。お前はオベロン社の社長の推薦で来たのだから、それくらい知っていて当然だろう!)

 まさかのソーディアンまでもハルを頼っていたとは。

「バルックさんの人柄など彼個人に関する事は存じ上げていますとも。しかしボクはバルックさんは勿論他の幹部とは文面でのやり取りしかした事が無いんです」

 マリーが素朴な質問を純粋にぶつけてきた。

「何故だ? レンズは偉いのだろう?」

「偉いと言っても、顔見合わせはまだする必要の無いレベルの偉さと言う訳です。後々……と考えて個人間でのやり取りは推奨されまして、現在に至ります」

「てことは何? アンタはこれから先も道案内は出来ないってこと?」

「はい。無理です」

 笑顔で言い切ったハルへとルーティはついに武力攻撃へと出てきた。

ハルの伊達眼鏡を無理矢理奪おうと機敏な動きで手を伸ばしてきた。ハルは慌てて仰け反り、体勢を崩してしまい尻餅をついた。そのまま無様に後退し、マリーの背後へと逃げ込んだ。

逞しい女性の背後から顔をのぞかせ文句を訴える。

「あんまりですっ眼鏡に罪は無いのに!」

「その眼鏡が腹立たしいのよッそれ絶対に伊達眼鏡でしょ!? フィリアのあからさまに度が入っている奴とは違うものっ」

(ルーティ! 弱い者いじめをするのは止しなさい。どうしたの、苛立っているからって……いつもはそんな事しないでしょう)

「あたしだって分かんないわよッけどあの眼鏡見ていると……あーもー! 無性に腹が立つの」

 頭を掻き毟り天へと吼えるルーティ。マリーとスタンは「伊達眼鏡……」と残念そうに俯いていた。ディムロスは(伊達眼鏡であろうが今は関係あるまい!)と周囲を脳ごと叱りつけてきた。
 
フィリアが額の汗を袖で吸わせる動作を見せた。彼女の足元に置かれた鞄に収まるクレメンテが真実を告げる以外の逃げ道を潰してきた。

(ならばレンズは何の役職についておる? 人事や総務……そういった安寧な部署ではあるまい)

 スタンがクレメンテの潰した逃げ道に、花の種を撒き平和そのものを彷彿とさせる声音で穏やかに踏み入ってきた。

「なーレンズは社内ではどんな仕事をしているんだ? オベロン社のエリートなら……やっぱりエリートっぽいこととか?」

「新商品開発か? マーボーカレー味の剣……作るのは面白そうだ」

「あ、俺食べるよ。試食する時は俺を呼んでくれよレンズ」 

「切れ味を試すならば私が力を貸そう。マーボーカレーを作るなら私も同席がしたい」

 続々と発展する天然ワールド。不毛の地のカルバレイスすら野原となってしまいかねない花々に満ちた会話にハルはつい笑ってしまう。

口元を手の甲で隠す。ぱちくりと瞬きが増える面々へと隠さずに笑みを向ける。そして腰元のベルトに括りつけた袋の口を開けて一枚のレンズを取り出す。

ルーティがいの一番に目を輝かせた。スッとマリーが横に退いてしまい、ハルの持つ傷がついたラフレンズは強い日差しに輪郭を光らせた。

「残念ながら、ボクはレンズに関する部署に所属していますよ。世界中の支社から集められたレンズを収集、分析、発展研究……世界の技術力を進歩させる部署といえばいいですかね」

 ラフレンズをルーティへと投げ渡す。先程までの怒りなどどこへやら。彼女は受け取ったレンズへと愛おし気に頬擦りをしていた。

「例えば、この世界は生活水準の格差が激しいじゃないですか。農民の子は農民。商人の子は商人。親から子へと、子から孫へと……未来ある存在が、得るべき水準まで至っていない現状に誰も違和感を持っていないんです」

 ぽかんとスタンの口が開いた。リオンが船から降りて初めてハルを見た。不信感が滲み出た暗い瞳だった。

「識字率だって各国での差は大きいですし、まともな教育を受けていない子も実は多いんです。その原因は何かといえば子供達の時間は親の手伝いに回されるから。一般市民も逃れられないですよね」

 ぱちくりと幼い動作で瞬きをする色取り取りの瞳。割れた卵から石が出てきた不可思議に遭遇したような顔をしている。

「ではそれを解決する為には何をすればいいのか。答えは簡単です。親の仕事の効率を技術で高めるのです。例えば農業系ならばレンズを用いた農耕用の機械を導入させるだとか考えていますよ」

 もう二枚レンズを取り出す。市場に多く出回る傷の無いクリアレンズと、モンスターを倒した時に拾った傷だらけのラフレンズだ。二枚を片手ずつに持ち皆へ見せる。

「そういった機械が末端にまで普及するにはこのクリアレンズだけでは到底足りません。しかしラフレンズは量はあるけれどどうにも力不足気味。ならばラフレンズの性能をクリアレンズと同等かそれ以上に高めれば事態は進展するでしょう」

 その二枚もルーティへと投げる。鈍く光り孤を描き届くそれを見事に連続キャッチした彼女は、金の亡者と呼ばれるにはあどけない表情のとろけ方を露わにしていた。

「ボクの部署は巡り巡って世界の為となり、この世界を作っていく後の人達が学を得る可能性を作るんです。その為にボクはレンズを知り尽さなければならないーーという訳です。理解して頂けました?」

 

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