テイルズオブディスティニー

□Look at me
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 顎を突き上げても頂点を視界に収める事は叶わない巨大な球体があった。球体は透き通る青に禍々しく濃淡をつけており、それはまるで呼吸にすら見えた。

人類とは相容れないと本能的恐怖を脳内へ植え付けてくるような存在感に、圧倒され普通ならば足が竦んでしまうだろう。 

 その球体の前に一つの人影があった。青年にも至っていない成長期に差し掛かった頃合のやや小柄な体躯だ。桜色のマントはその存在を雌雄の中央線へと押しやっているようにしか見えない。

しかし凛とした立ち姿には品位すら感じられる。片手には抜き身の剣を持っていた。細い刀身は緩く湾曲しており、独特の形状をしている。

「もう一度……」

 事切れた死体から紡がれたと錯覚する程に覇気の無い声がした。擦れていても声の輪郭は男性である事実を鮮明に伝えてくる。

「もう一度だ」

 剣を両手で握り込み、球体目掛けて刺すつもりなのか、彼は腰をやや落とし半身に構えた。

彼が作る鋭い集中力が不可視の波となり肌を這うので、ぶるりと体が震えた。ぐっと踏み込み球体へと刃先が突き刺さるーー瞬間に……視点が変わる。


 
 目の前に彼がいた。男にしては長い前髪は、その懐かしい黒を動きに合わせてサラリと彼の表情を覆ってしまう。

腹に違和感があった。見下ろすと刃は深々と皮膚を破り、それは背中をも突き抜けている感覚がした。

お腹から背までを一本の鉄の円柱が貫いているような重量の感じられる圧迫感に臓器がようやく現実を理解したのか夥しい血が溢れ出した。

磨かれた鈍色の刃の輪郭を赤い滴が覆い、重力のままに滴っている。

地面に落ちる乾いた音は次第に水音を増していく。死が近付く音は確かにするのに……何故か、痛みは無い。

 
 彼は剣から手を離さないままこちらを見てきた。数度顔を緩く振り長い前髪をよけ、その露わになった表情に言葉を失う。

端正という枠に収めるにはあまりにも過ぎた顔立ちだった。身長と比例して僅かに幼さの残るものの、将来が期待出来る魅力を感じられる。

しかしそこに埋まる瞳には躊躇無く体を貫いてきた揺るがない覚悟が、紫の虹彩の奥から確かにこちらを見つめている。

滴り続ける血よりも高い熱を感じさせる瞳は、祈るように伏せられ長い睫毛が濡れていく。

ゆっくりと白い瞼が開かれた時に、透明な雫が一筋だけ垂れた。驚き続ける自分の顔が彼の瞳に映っている。彼の色の薄い唇が声を出さずにハクハクと動いた。


ーー名を呼ばれた気がした。





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