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□sixty-first.
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夏は確かに沈み始めていくのをカレンダーは日に日に刻む。視線を逸らし生欠伸をひとつ零すと隣にいたシリウスが茶化してくる。
「なんだよジェームズ。まだまだ寝たりないのかよ」
「仕方ないだろ。寝た気がしないんだから」
「人一倍寝る時間があるんだから、その内の数時間を深く寝れる様に頑張れって」
無茶言わないでくれ。ジェームズはシリウスの両腕に積み重なる本の山を削り取り、元の場所であろう空白を一冊ずつ埋めていく。まだまだ山は向こうの机に積み重なっているのだ。
わざわざ魔法も使わずにマグル式に本の返却をするのにも小さな意味がある。ジェームズが自ら足を運び、せっせと馬車馬の如く働くピーターが見落としている部分が無いかと、違和感を探す大役があった。
シリウスは随分とお喋りだが、魔法界にはこういった目覚まし時計も多いよねとジェームズは少々動きの鈍い頭で思う。また本を削っては元の空白地を埋める。何とか生欠伸を噛み殺す。
向こうの机の方で重量感のある物をドスンと置いた音がまた聞こえる。大分崩された本の山はジェームズとシリウスが両手ずつに持ち抱える事で消化できた。
二人して「きっと次も……」と薄暗い言葉を重ねながら机の方へ戻る。魔法により頑強な砦が築かれたような積み重なった本の山脈。
背表紙がそれぞれ色味に濃淡の個性を注ぎ、様々な色が積み重なる机の裏側にて、机に伏しているピーターの姿があった。大分お疲れの様だ。シリウスと顔を見合わせ、二人して椅子に腰かけ功労者へと労わりを向ける。
「大分お疲れだね。ピーター、調子はどうだい?」
「魔力の消費も酷いもんだな。後でリリーにでも回復薬を頼むんだな」
「……これ絶対一人の作業量じゃないよ……!」
がばりと身を起こしたピーターは、随分と青白い顔色だが、両拳を握り締めて胸の前で激しく往復しながら憤りを躊躇なく爆発させてきた。
まるで幼い頃のメリッサが怒っている時にやっていたフォームにそっくりだとジェームズはくすぐったい気持ちになる。
「仕方ねえだろ。お前が一番直感が凄いんだし。頼ってんだよ」
「僕には抜きん出た直感力なんて無いし平々凡々だよ! だから平民を助けると思って本を移動させるの手伝ってよシリウス! 貴族でしょ!」
「貴族関係ないだろ……」
呆れてしまったのかシリウスは投げ槍に呟いていた。ピーターはベタリと机に身を伏して、ウェーブを体現するように緩く体を動かして文句を嘆きに混ぜて吐き出す。
「あー……もう一歩も歩けない。リーマスぅぅ……君だったら「ちゃんとやりなよ」とか言いながらも手伝ってくれるのにぃ……」
「いやいや今のリーマスだったら「知らないよ」の一言でバッサリだって」
「冷たいよリーマス……ならもうシリウスしか僕の手伝いをしてくれる人がいないじゃないか!」
「消去法で選ばれるのは本当に嫌だ。それに俺はコイツがいつ倒れてもいいようにスタンバイしている重大な役目があんの」
チラリと横目でジェームズを見てきたシリウスは口元を上げて言う。見えない糸に引き寄せられでもしたのかピーターも顔をあげてジェームズへとピントを合わせてくる。
その二つの視線に肩を竦めて降参だとばかりに両手を顔の高さまで上げる。すぐに下ろして、ジェームズは頬杖をつき、大した反省も見せない普段通りの声に息を吹き込む。
「僕がちゃんと寝れていればシリウスにピーターの手伝いをさせる事が出来るのにゴメンね」
「全くだ。いくらジェームズだってちゃんと睡眠が取れていないと俺等が心配で堪らないんだよ。今回はお前が主軸になって貰わねえと俺等何も出来ないんだから」
若干の棘を感じられるシリウスの言葉に「分かっているさ」とそっと呟く。彼なりの心配が詰まった棘だと分かっている。だからこそ体調管理が上手くいかないジェームズは参ったなぁと苦笑する。
ガタガタと音を立て座り直したピーターは、魔法以上の不思議なものを見たとばかりに、ほぼ思った事を言ったのであろう。表情がいつになく子供っぽく見えた。
「……夢で未来の断片が見えるようになったんだもんね。砂の影響って怖いなぁ」
「ピーターも量に対して強めに影響が出てる一人じゃないか。何だか他人事だね?」
「うーん。正直実感は無いんだもの。だってジェームズだってそうでしょ? ある日突然……じゃなくて、気が付いたら自分にとってそれが当たり前の物となっていたんだから」
ジェームズは「確かにね」と同意を返す。ごすんと隣から鈍い音がしたと思いそちらを向けばシリウスが頬杖をついていた。
彼もまた現実を直視していないような、夢を見ているような表情であの日の無慈悲な結論を淡々と口に出す。
「まさかレギュラスとメリッサ以外の全員にも砂が体内にあるだなんてな……誰が想像つくよ」
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