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□fifty-seventh.
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 まだ心臓は飛び跳ねている。洞窟から脱出を遂げた事で緊張の糸が切れてしまいレギュラスは尻餅をつく。

周囲に目を配れば、確かに全員が精神的疲労の所為なのか青褪めてはいたが、大した怪我を負っているようには見えない。ただ恐らくだが全員の心臓はレギュラスのと同じ速度で音を刻んでいる事だろう。


 確かに「ブラック家に全員を運んでくれ」とクリーチャーに頼んだがレギュラスはてっきりリビングや広間へと辿り着くと思っていた。

しかしこの部屋はもともと一人用であるし、部屋の主の性格が反映されているように大雑把な整頓がされていて、客を招くにあたって整えるべき最低ラインすら越えていない。

マグル製品が天井から吊り下がっていたり、壁には動かない絵や文字が書かれた大きな紙を情緒の無い貼り方をしている。ベッドだって朝起きたままの状態で放置だ。

この部屋で唯一マシなのはグリフィンドール生らしい赤の絨毯くらい……レギュラスは絨毯の上に落ちていたポップコーンを見つけ、この絨毯も駄目だと緩く頭を振った。

部屋の持ち主は実に拍子抜けした声を発した後にすぐさま膝をついて頭を抱え後悔しだしていた。


「ここ、俺の部屋……だああー! 人が来るなら掃除くらいしたっつの! 俺の部屋を何で掃除していなかったクリーチャー!?」

「誰もこの部屋に入るなと仰せだったので」

「それはあれだろ。反抗期入り掛けだった時に言った奴だろ」

「つい先日も奥様へと仰せでした」

「何で聞いているんだよお前は……第一なんで俺の部屋に出たんだよ。普通懐いているレギュラスの方に出るだろ」

「クリーチャーめもわかりません。本来はレギュラス様の方へと行くつもりでした」

 淡々と返していたクリーチャーだったが何故この場に飛んでしまったかが分からないと俯きがちに言う。

本来レギュラスの部屋に向かうつもりだったのに、何らかの力により少しずれたこの場に落ちてしまったという事だろうか。それとも別の要因があるのか。

少なくともレギュラスには思い付く事が出来ない。他の面々はよく分からないが、リーマスが「まぁ……シリウスらしい部屋を見れたから僕はよかったけれどね」と切り出し次々に包み隠さず部屋の感想を吐露していく。

それにシリウスが発狂したようにポップコーンまみれの絨毯をゴロゴロとローリングし顰蹙と爆笑を買っていた。

ついレギュラスも口元が緩んでしまう光景だったが、つつ……と寄ってきたメリッサが耳打ちする内容に本来の目的を思い出せた気がする。

「レギュラス君はそこの子と今お話ししに行った方がいいよ。こっちはこっちでさっきの内容をあらかた纏めておくから」

「ですが……」

 俯くクリーチャーを心配しつつチラリと見てからすぐにメリッサへと戻す。するとムッとした彼女がきっぱりと反論してくる。

自分よりも他人を心配するその優しさが鋼よりも強く闇よりも深い。レギュラスは自分には出来ない行動だといつも思わされるのだ。

「その子はレギュラス君にとって大事な子でしょう? 家族の一員なんでしょう? どうして後回しにしようとするの」

「後回しに……してるつもりは」

「シリウスと向き合うのだって後回しにしていた。レギュラス君は家族を大事にしたいと思っているのにそういう所があるよね。その癖は治さなきゃダメだよ」

 ぴしゃりと怒られてしまった。正直第三者にこんな事を言われたのならば許せるものでは無い。実に不快でいて神聖な領域を土足で踏み込んだ末に宝物までも土をつけられた気分にもなる。

だが相手がメリッサとなればそんな感情ではなく、腹の中腹を裏側からくすぐられているようなむず痒さがするのだ。この子は僕の事をちゃんと見てて理解した上で向き合ってくれている。

そう実感させられる行動は何とも愛らしく感じるのは間違いなく惚れた弱みだ。ついつい口元が緩んでしまいそうになり、そんな雰囲気では無いと忠告するように胸の奥で砂がじりじりと擦れる感覚がレギュラスを引き締める。

「……はい」

「レギュラス君」

「はい?」

 傷ひとつ無い淡雪にも似た白さと柔さが乗るメリッサの指先が彼女の口元を指差して数回だけ軽くタップしていた。その表情は見るからに呆れていて眉を下げて苦笑しながらもレギュラスの動揺を誘うのだ。

「口元が笑って見えるのは私の気のせい?」




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