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□悪食に三度お会い致しまして
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 よその街よりは少々危険な場所といえどもヨコハマにだって祭りぐらいある。

人々だって日頃の鬱憤を発散するかの如く財布の紐を緩ませて散財をする。昼よりも明るい夜は賑やかさを帯びて、そこら中に小さな幸せが顔を出しているように見えた。


 武装探偵社一員もその波に乗る事になったのは、社長の一声によるものだった。

多分社長に乱歩さんが何か言ったからそうなったんだろうけど、社長命令に近いお願いに誰も反論する事なく同意をした為に私達は浴衣まで着て、浮かれる波に紛れ込んでいる。

敦君もこういうのは初めてなのか目を輝かせていたし財布代わりに国木田君の袖を引っ張って我先にと走り去ってしまった。きっと我に返って散々謝る光景が見られるんだろうなぁ。


 私も適当に浴衣美人でも探してみようかな。そう思って抜けようとした私の袖を引くのは、橙一色の質素な浴衣を濃い青の帯で締める乱歩さん。

彼は普段とは違い帽子も被らずにいる上に、私にまで天真爛漫な子供さながらの煌めく瞳と表情を向けてくるので、私よりも年上だなんて思えなかった。

これ絶対集られるなぁと思えば案の定その通りだった。

社長が注意しても「迷惑料を徴収して何が悪いの」やら「太宰の事を僕まだ許していないんだよ」等言い返すものだから社長は思う節があったらしく、申し訳なさそうな表情を私に向けてきた。


 え? もしかして私クビになるの?

ちょっとそれは困るから私は大人しく乱歩さんに少しのお金を握らせた。すると乱歩さんの口は上機嫌に弓なりに反り返って、満足気に私へと軽い感謝を述べてくれた。

バシバシと容赦なく肩を叩きながら感謝を述べるってあまり褒められた事じゃないよ乱歩さん。地味に痛いから。本当にやめて下さい。

なんて言葉は結局胸に仕舞って愛想笑いで誤魔化す。乱歩さんはきっと私が痛がっている事くらい察していて、わざとやっているんだと思えた。

そんな彼は笑みを崩さずに私へと声を潜めて訳の分からない事を言う。

「太宰は僕に感謝した方がいいよ」

「迷惑料徴収で乱歩さんが何かを許している事ですか?」

「全部だよ、ぜぇーんぶっ」

 全部だと弾んで言う乱歩さんは私の疑問を放置したまま、下駄を鳴らして人の波へと駆け込んでいく。

引き留める声をあげて後を追う社長は、私の横を数歩通り過ぎた後にふと振り返り、苦笑を浮かべながら私の疑問を更に難解な物へと変えてしまう。

「乱歩の言う事はあまり気にしないで欲しい。それに私はお前に感謝している」

「社長まで……どうしてそんな遠回しに言うんですか。私には理解出来ない事ばかりですよ」

「そうだろうな。だがそれも致し方ない事だ……太宰、いまだけはただ祭りを楽しむといい」

「社長は私よりも事情を知っているようですね。教えられない事情でもおありですか」

「……この場所のどこかに灯子がいる。もし見つけたら甘い物でも買ってやるといい」

 社長はそのまま乱歩さんの後を追いかけてしまい、黒髪の群衆にあっけなく溶け込んでしまい見失ってしまった。

何なんだろう。社長も乱歩さんもちょくちょく意味有り気な言い回しをしてくる。私が覚えている限り二人へ何かした覚えはないのに。

国木田君や敦君に「我々に感謝した方が良い」と言われるなら、まだ小指の爪先程度の納得は出来るのに。

「……絡み酒でもしちゃったのかなぁ。うーん、ありえないか」


 きっと私の記憶上にはどうでも良いと分類された事で、あの二人にはとても重要な事と認識された。その違いなのだろう。

随分昔はその違いで色々あった事をふと思い出す。よく注意を受けたものの結局はどうにもならなかった所まで思い返して、この件を頭の片隅に押しやる事に決めた。


 社長直々に遠回しのご命令と言う名のお願いをされたのだ。あの馬鹿も泣きはしないだろうけれど、人混みに流されて迷子に成り果てている可能性が高い。

一応探し出してあげよう。社長のお願いだし、お持ち帰りしたって問題無い訳だし。一歩踏み出せばカランと下駄が祭りを楽しむ音が聞こえてくる。

からんカランと鳴らして私は迷子捜索へと踏み出した。







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