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□fifty-fourth.
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どうしようかと誰もが羨むであろう両手に花の状況でジェームズは考えてみる。
片方はジェームズが恋するリリー。もう片方には親愛なる妹であるメリッサ。どちらも笑えば、澄んだ海水が陽に照らされ反射するあの煌めきに負けない美しさがあるというのに。
現在の二人といえばジェームズを人気の無い廊下へと連行し、目の前に立ち塞がり怖い顔をしているのだ。
さぁ説明して貰いましょうかと丁寧なお言葉を頂いた訳だが、ジェームズには一から説明するつもりなど更々なかった。
他の皆にも言わずにいる内容を贔屓だけで女性陣のみに打ち明けるなど……。まさかのハニートラップだろうかと頭の中で喜びたいが、杖先を鼻先に突き付けられてしまえば、泡沫の如く夢は覚める。
物騒なリリーの杖先がジェームズの眼鏡にピンポイントで当たる。眼鏡が無ければマグル式目潰しをされていたことだろう。
止めようとしないメリッサに助けを求めようにも、彼女もまた怒っているようで、ジェームズは項垂れたくもなる。
「散々逃げ回っている所申し訳ないけれど、そろそろ話して貰いましょうか。あなた何をするつもりなの?」
「美女二人に迫られるなんて本当光栄だねッうわ、プロテゴ!」
かつかつと眼鏡のレンズを叩く杖先が怪しく光りはじめたのを脳が理解し、優秀な口が保護呪文を唱え眼鏡の危機を救う。
非常に残念がっているリリーの表情すら惚れた弱みなのか美しいと思えてしまい、たった今攻撃されたことすら水に流してしまうジェームズは、焦りと喜びににやけてしまっていた。
「本当に無駄に優秀ね。無駄に。本当に無駄に」
「そう何度も褒めないでくれよリリー」
「あら、何度も褒めてあげるから秘匿情報を漏らしてくれないかしら?」
杖先をようやく下げたリリーが緩やかに微笑んで頼む内容は一片もずれることは無い。ジェームズが苦笑いを返せば溜息をつき「でしょうね」と落胆しているように見えた。
今回のような襲撃は初めてだが、何度か顔を見合わせる内に今日のような内容を問われることが日が過ぎるごとに増えていったと思う。
最初は心配を滲ませていたと記憶している。しかし何時までも口にしないジェームズに痺れを切らし怒りに切り替わっていったのだろう。
あのメリッサさえもジェームズに難しい顔をするのだから、それに耐えているジェームズ自身を誰か褒めてくれたっていいのにと嘆きたい。
きっと誰に言っても彼女達と同じことしか言わないと理解しているからこそジェームズは言わないが。
レギュラスだったら他とは違う反応をするだろうが、ジェームズにとって慰めてほしいとは思わないのだ。認めたといえど、縋り付くのはお門違いだと妙なプライドが言う。
そんな考えを読んだのかどうか分からないが厳しい顔をするメリッサは、笑って誤魔化そうとするジェームズを迷いの無い眼差しで貫く。
怒っている筈なのに、どこか見透かしているようにも取れるハシバミ色の瞳に、目を丸くするジェームズが幼く映りこむ。ひらりと舞う金色の蝶がハシバミ色の中で鱗粉を蒔いて横切っていった。
「いまのお兄ちゃんは去年の私みたいよ」
「そうかな。メリッサほど酷くなかったと思うけどね」
「同じよ。お兄ちゃんも何かを知りたくて探しているように見えるから。進み具合が違うからお兄ちゃんは少しだけ余裕が残っているのね」
ジェームズの頭の中には「占い学の才能でもあるのか」やら「まさかの予言者の才能が……」と飛び交う。
水晶玉を覗き込みジェームズの心の奥からその全てを見ているようにも思えた。だがメリッサは手には何も持っていない。あるのは穢れの無いまっすぐな瞳だけ。
動揺というほどではないが困惑しているのジェームズが彼女の目に映り込む。薄く微笑むメリッサはそっとジェームズの胸元に手を添えて、リリーへと申し訳なさそうに告げた。
「ごめんねリリー。私もうお兄ちゃんに問い詰めるの止める」
「何言ってるメリッサ……もう少ししたらジェームズは吐く可能性が強いわよ」
「ううん。お兄ちゃんは言わないよ。誰よりも才能があるお兄ちゃんだから、確証が持てるまで言わないつもりよ」
そうだよね? と問うメリッサにつられて数瞬の間を置いてジェームズはおずおずと頷く。
何だか胸が熱い。メリッサに触れられている部分を中心に焚火に手を翳したような包み込む暖かさを感じる。
何なんだろうかとジェームズは不思議に思うがそっと離れていく手を視線で追いかけるしか出来ない。
ジェームズが隠し事があるように、メリッサも隠したいことがある。何故だか兄妹の視線が重なった時にそう思ってしまった。不思議な感覚だった。
はぁ、と呆れ切った溜息が耳に飛び込んだ。リリーだ。赤毛を不機嫌に払い腕を組み視線を逸らす彼女はどんな角度から見ても美しい。
ジェームズは先程感じた疑問の種を鍵付きの宝箱に入れてゆっくり閉じて施錠する。その方がいいのだと熱の残る胸が脈打つものだから、つい従ってしまう。
熱はリリーの棘が残る言葉によって冷めていく。正常な理性が戻ってくるような気持ちだった。
「メリッサが止めようとも私は問い詰め続けるから。そうしないとジェームズは……危ない気がするから、仕方なくよ」
「僕のことが気になるの?リリー」
「馬鹿言わないで頂戴。調子に乗るのも止して頂戴。言ったでしょう、仕方なくって」
きっと誰に指示された訳でも無いのに仕方なくという言葉を繰り返すリリーにジェームズは嬉しさが指先まで熱を伝わる。
ああ、可愛いなぁ。少しでも僕が気になるってことだよねと声を大にして言いたかったが、言ってしまえば何もかも駄目になる。
ここ数年で分かったリリーの嫌がる部分を回避して駆け巡る嬉しさのままにはにかむ。するとリリーの棘も取れて、ジェームズに怒りと不安が混じる複雑な視線を投げつけるのだ。
そんなリリーの腕を取りジェームズに小さく手を振ってからメリッサは去っていく。
なんとも言えないが何だか不思議な気持ちだ。一度も振り返ることなく廊下の角へと消えていった二人の見えぬ後ろ姿をずっと見送り続けるジェームズは、急に背後から声をかけられ反射的に振り向く。
ジェームズが秘密を暴露してからコミュニケーションを取るのを控える節を見せる様になったリーマスだった。
そんな彼が数日話していなかった事を無かったことにしたように軽快に話しかけてきたのはジェームズにしてみれば不可思議なことなのだ。
「皆が君を心配しているね。リリーもメリッサも。気を使って言わないけどシリウスもピーターも、レギュラスも。なのに言わないんだね」
「……言わないよ。今はまだね」
「またそれ? ジェームズってさ案外秘密主義だよね。なのにさ……」
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