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□forty-third.
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故意に離れていたのが嘘のように隣で笑い合う日々が帰ってきた。
周囲の人間は勿論のことだが、まさか他寮の生徒にまで「喧嘩は終わったの!?」と聞かれる羽目になるとはレギュラスでさえも予想出来はしなかった。
もしかしたら結構な大人数の人々に見守られながらいたのだろうかと一瞬思うが、閉鎖的な環境下でイレギュラーなことが起きれば目に付くのは当たり前だ。
ただの好奇心で様子見をしていたのだろう。そう結論付けて愛想笑いを浮かべレギュラスは興味の無い生徒へと背を向け寮へと戻る。
そんな日々も雪が溶け春の芽吹きを感じ始める頃にはすっかり忘れ去られたように当たり前の日常に溶け込んでいく。
レギュラスやメリッサが他寮の生徒とすれ違ってもこそこそと噂話がされなくなった春の陽気が心地よい日々の中で、少しだけ変化が生じ始めていた。
「レギュラス君」
「っと……あの、メリッサ……僕は別にあなたから離れるつもりは無いから大丈夫ですよ?」
「え?……あ、ああ、ごめんね」
無意識なのか恥ずかしそうに頬をやんわりと赤らめてメリッサはおずおずと手を離していく。ここ最近よく見られる行動でもある。
レギュラスのローブや制服の裾、袖を引いてしまうという何とも可愛い発作だ。隣り合って歩く時は衝動は起こらないようだが、数歩先に進むと引き留める姿がここ最近見られるのだ。
恥ずかしそうに眉を下げるメリッサには申し訳ないがレギュラスはその仕草が堪らなく嬉しかった。なにせメリッサがレギュラスへ執着を見せている以外の何物でもないから。
去年までの純粋無垢な子供の彼女から何かが成長し芽生えた感情に振り回されている気もするが、着実にレギュラスへの好意は大切に育っている。そう感じ取れる素晴らしい成果だ。
「その、ごめんなさい。駄目ね、私最近はしたないことばかりしてるわ……」
「そんなことありません。メリッサの行動は僕にとって本当に嬉しいものばかりだから気にせず続けていいんですよ」
「……うん。ごめんね」
「謝っては駄目です。僕はあなたから触れられることが本当に嬉しいから。好きなように僕を引き留めて?」
「レギュラス君は私を引き留めないの?」
本気で不思議そうな顔のままとんでもない言葉を浴びせてくるのだから彼女は末恐ろしい。
不自然に一瞬固まってしまったレギュラスだったが何とか取り繕いもごもごと男らしくも無く呟けば、聞こえてしまったメリッサは照れた様子で嬉しそうに微笑む。
それがあまりに恋心をチラつかせる淡い笑みだったもので直視したレギュラスはごくりと生唾を飲み、誤魔化すように熱を持つ頬を腕で隠した。
「引き留めたいに決まってるじゃないですか……欲しくて堪らないのに」
季節が悪戯に過ぎていく。春の陽気を通り過ぎればカラリと乾いた夏の匂いが満ちていく。
雨の多いイギリスだが夏に差し掛かりもう間もなく一年が終わる時期だというのに皆が口を揃えて「春が来た」とニンマリと笑う姿が増えた。
その中には悪戯仕掛け人の姿もあり……唯一ジェームズだけは不満だったが。だが彼が恋するリリーに「邪魔したら許さないわよ」ととてもいい笑顔で言われてからは掌返しを見せている。
「お兄ちゃんも頑張るからメリッサも頑張るんだよ!」と握手しながらハイテンションで言う兄にメリッサは酷く困惑していた事件も同時に発生したのは言うまでも無いだろう。
そして今日も今日とて……レギュラスの袖は細い指に引かれ、時折指先が触れてはそっとレギュラスの方から握ることが増えた。
素直に手を繋ぎたいと訴えないメリッサだがそっと握り返されることや指先が触れると、蕾が開花する如く甘酸っぱくも微笑む。
ハシバミ色の瞳からは色濃く「好き」が伝わる。日に日に濃くなる身を焦がす視線の熱はレギュラスの心をそっと照らし、共に燃えていつの日か燃え尽きてしまうことだろうに。
(恋の炎にじわじわと焼かれるだなんて……一気に燃え上がる感じでは無いのは僕等のやり方なんだろうな。少しずつ浸食して気付いたら離れられない重度の火傷を負うのに、嬉しさが止まらない)
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