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□forty-first.
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 月は完全に厚い雲の中に消えてしまって星見のロケーションとしては最悪な日だろう。

だがほのぼのと星を眺め楽しい会話をする気は無い二人には適しているとレギュラスは自嘲する。重く垂れ込む心も空も似たようなものだと拳一個分の距離をあけて隣り合いながら思う。

保温魔法をしているとはいえ碌な防寒着も着込む余裕も無く抜け出した為にメリッサを見る度に「寒いのでは無いか」とレギュラスは心配していた。

だがいま彼女が聞きたい言葉はそんな言葉では無いのは理解している。元より真実を明かす為に誘ったのはレギュラスだ。

一刻も早く戻る方がいいと決め、微かに揺れる心に鞭を打ち決して大きくは無い声量で語り始めた。


 じっとレギュラスの横顔を見つめ沈黙を守るメリッサへ時折視線を一瞬合わせながらすぐに逸らす。気恥ずかしさよりも気まずさがずっと強くて声が引っ繰り返ってしまいそうにもなる。

言葉に詰まりながらも、時折堪える様に止まる言葉にもメリッサは続きを促す言葉の一切を吐かなかった。

ただレギュラスの意思を尊重して待つ姿は、今学期のレギュラスのようだと馬鹿らしくも思えてしまう。

青褪めた顔色の癖に目だけは強い意思を感じさせるハシバミ色の瞳は月よりも美しいと今口に出せないのが少しだけ残念に思う。酷く魅力的な瞳は記憶が無くても何も変わらないのだ。


 頭の中で整理しながら喋る内容と心で率直に思う事。実際に口に出すことは必ずしも全く同じという訳では無かったがレギュラスはひとつひとつ丁寧に教えていく。

信じられないだろうけれど……何度も繰り返しながらも、人生を何度も繰り返したことや過去の二人の関係、今度こそメリッサとボーダーラインを越えたいと思いグリフィンドール寮に入ったこと。

そしてメリッサが感じていた知らない筈の知識や技術のこと。きちんと土台を作り過去のメリッサが必死に努力して身に付けた大事なものだと教える。


 何か言いたそうに口を僅かに開くメリッサを遮るように一番言い難い話題を挟み込む。ノクターン横丁の追い詰められた袋小路にて、彼女に手をかけ命を奪ったことを。

だがそこだけは詳しいことは言えずに流水で流れ落ちるようにあっさりと言う。ぐぐっと拳を握り爪を立てないと、とんでもない弱音まで飛び出てしまいそうだった。



 震える弱弱しい声は「これで全部です」と告げる。すると彼女はゆっくりと目を閉じる。

だが次にその目を開けた時には、震える息のまま深呼吸をして安堵の笑みを浮かべて言う。思わず盗み見たレギュラスが拍子抜けするほど肩の荷が下りたようなすっきりとした笑みだった。

「私が普通じゃないのは何度も人生をやり直して習得したからなのね。過去の私の努力が招いたことなのよね?」

「え、ええ。あなたはジェームズ先輩のような天才ではありませんでしたが、苦手を克服する為の努力を惜しまなかった。それこそ驚嘆に値する程に」

「そう……よかった」

 メリッサの心の声が聞こえているのではとレギュラスが思ってしまうほどに、深い安堵の絡む言葉が細い喉から生まれてくる。

よかったと。普通ならばレギュラスの妄言に匹敵する夢物語のような話を拒絶から入るであろうものなのに、彼女はよかったと言った。

それが真実であり教科書に載ってる疑いようのない代物だと言う様に。あまりにすんなりと受け入れられてしまったことにレギュラスは嬉しさよりも困惑が強まってしまう。

「レギュラス君が私を何か言いたげな顔で見ていたり、引っかかるような言動をしていたのは……そういうことだったのね」

「あの、メリッサ……」

「なぁに?」

 ことりと小首を傾げる幼い動作。メリッサによく似合う仕草だが、純真さで満ち溢れた彼女が「どうしてこの話を信じてくれたのだろう」と疑う気持ちが芽生えてしまう。

レギュラス自身が信じて欲しいと幾ら願っても拒む人はとことん拒むと知っているからこそ、どうしてもすんなり信じられてしまうと疑ってしまう。例え世界で一番愛している人でも。


 新たな申し訳なさが呼吸を初めていたがレギュラスは逸らしていた視線を自ら合わせ、拳ひとつ分の距離を縮める様にぐいっと顔を近付けて問う。

ぱちくりと瞬くハシバミ色の瞳には余裕の無い困惑したレギュラスが映っており、捨てられた猫のようにも見えた。

「何で簡単に信じるんですか。嘘だったりジョークだって疑わないんですか?」

「疑わないわ」

「どうして?」

「どうしてって……おかしなことを聞くのね、レギュラス君は」

 クスクス笑うメリッサは困惑を続けるレギュラスへと鼻先をすり合わせるほど近くに顔を寄せる。きっと遠くからこの光景を見たならばキスをしていると勘違いされるほどの距離だ。

去年の星見の際にもこれくらいの距離でスキンシップを図ることはあったがその時とは何かが違うとレギュラスは高まる心臓の奥で思う。それはきっと、暗がりでも分かるメリッサの頬の色だ。

恒星のレグルスの赤色を頬に灯したように見えて、優しく微笑みかけるメリッサはまるで……恋をしているように見える。そう思えた瞬間レギュラスの頬も火が付いたように熱く感じてしまう。


 何を言われるかと不安になる心を喰い漁るのは確かな期待だった。

「あなたは一度でも私に嘘をついたことは無いでしょう?だからこれもきっとそう。私は出会って二年になる目の前のレギュラス君を信じるの」

ーー私が知るあなたを信じる。


 ぶわり。レギュラスの頬に浮かぶ熱はきっと顔全体まで広がってしまった。熱くて、熱くて。心臓が溶けてしまう。 

下手な告白よりもずっと嬉しいのだ。過去を否定されなかったこともそうだが、何よりも大好きで堪らない人ともう一度初めからやり直した今を認められたことも。

鼻先をすりよせる至近距離にいるこの関係も、心からの言葉も、記憶の無いメリッサが知る今のレギュラスを信じると言われたこともーー全て。


 睫毛も数えられる距離で嬉しそうに輝くハシバミ色の瞳には僅かに金色の何かがふわりと浮かんでいる。だがやんわりと目を細める仕草によってどこかに追いやられてしまっていた。

裏表が無いメリッサが紡ぐ言葉に心臓も恋心も葛藤も溶かされているレギュラスには果てしなくどうでもいい代物に成り下がってしまっていたが。

ほんのりと色付くメリッサの頬に触れてしまいたいと思ってしまう危ない心を諫める為にレギュラスはごくりと喉を鳴らした。まるでご褒美を待つ犬じゃないかと一瞬だけ思い、すぐに忘れた。


「私が見てきたレギュラス君がそう言うのならきっと本当なの。えっと……大変よく頑張りました……?」

 小首を少しだけ傾げ眉を下げて微笑むメリッサは、そっとレギュラスの髪を撫でる。よく頑張りましたと聖母のような労わりの声を添えて、頭頂部から丸い頭部を辿ってはまた撫でる。

レギュラスがそのことに驚くのはほんの数秒だけで。言葉に出来ない思いが衝動となりレギュラスは目の前の愛しい存在を強く抱き締める。

防寒着すら着ていない薄い衣類の所為で暖かな体温も柔らかさも鮮明に伝わってくる。何度も失った体温だ。目の奥が熱くなる愛しさと共に、奪ってしまった時のことも思い出してしまう。

行き場が無かったのであろうメリッサの腕が恐る恐るレギュラスの背にまわされるのを合図に、あの日の罪悪感を声に乗せてレギュラスは消え入りそうな思いを初めて伝える。




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