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□fortieth.
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 世界が回るという言葉がよく理解出来る。ぐるりぐわりとこの城自体が回転している感覚な筈なのに足元が覚束無いのはレギュラスだけだった。

驚くシリウスやピーターそれにジェームズが止まって見えて。ゆっくりと視界が下がってくレギュラスへと手を伸ばし駆けようとするシリウス。

それすら輪郭を辿れない瞳。レギュラスは耐え切れなくなり体の力を抜き、談話室の絨毯に倒れ意識を失った。



ーーメリッサと離れて半年が経つ二月の末のことだった。








「……やってしまった」

 清潔を身に纏う柔らかなベッドに寝かされていると理解したレギュラスは困り果てた声を小さく漏らす。周囲は暗くとうの昔に日は落ちてしまったのだろう。

倒れる前までは指先ひとつ動かすのも鉛を纏ったような重さがあったというのにすっかり抜け落ちている。強い倦怠感も溶けた体は彼女から離れてから寂しさが巣食い確かに蝕んでいた。

レギュラスは自嘲すると手の甲で目を隠す。深く考えなくても分かっていた。体力的に限界が来てしまい医務室に運ばれたのだ。


 気を失う寸前に自身へと手を伸ばしたシリウスのぼやけた様子も覚えている。

彼等がレギュラスやメリッサの考えを優先し心配しながらも見守っていてくれていたことも、レギュラスは分かっている。だからこそ申し訳無さで胸がいっぱいになる。

「心配してくれる人達の前で倒れて、更に心配かけてしまうなんて……後で謝らないと」


 そっと目元に乗せられた手をよけると薄いレースのカーテンから差し込む月明かりが急に差し込む。厚く暗い雲の隙間から月が覗き、視線をそちらへ向けたレギュラスは慌てて身を捩り直視する。

神々しくも周囲を照らし黒い雲すら淡く光を映す。真ん丸の月だ。いやよく見れば少しだけ欠けている。レギュラスが意識を失くす前の日は満月まで数日間の猶予があった筈だ。

つまりレギュラスはこのベッドで数日間も意識を戻さずに眠っていたことになるでは無いか。愕然とするレギュラスは回復した筈の体に疲れがどっと戻って来た気がしてズルズルとベッドに潜り込む。

「……何日眠っていたんだ。僕は、何日無駄にした……?」

 きっとこの場に誰かがいたのならばレギュラスの発言を咎めることだろう。だが月も頂点からややずれた時間帯に誰がこの場にいるというのだ。

医務室の主であるマダム・ポンフリーはいるだろうが……患者の掠れた独り言すら逃さぬ地獄耳を持つ彼女が来ないのは珍しいことだが、レギュラスは特に気にすることは無い。

一刻も早くこの場から出て元通りの生活をし研究を進めなければ。自分が倒れたようにメリッサにも同じことが起こるかもしれないから備えなければ。


 そんなことを考えながらも布団の中でレギュラスは悶々と考え込んでいる内にいつの間にか睡魔に足を掴まれ引き摺り込まれてしまう。

とても浅く波打ち際で足首を濡らす程度の眠りを。たったそれだけでもいいからと体は求めていたのかもしれない。








 何分経ったのかは分からない。完全に仕切られたカーテンの隙間から漏れる声。どこか聞いた事がある声に誘われレギュラスはふと薄く目を開ける。

月の位置は窓枠からフェードアウトしており、また厚く暗い雲に食べられたのだろう。医務室全体が闇に浸ったように静かで独り言ですら響いて聞こえるであろうその場所で……男女の会話が聞こえるのだ。

耳をすまさなくても普通に耳に入る声。それは薄い霧にも似た眠りを吹き飛ばしレギュラスは驚きで声が出そうになる口を何とか覆い聞き耳を立てた。


 ひとりは……恐らくリーマス。何故ならば満月の翌日であろう今日は人狼である彼が傷付いた体を休めるからだ。たとえ表向きの理由では外に出ていようともリーマスは城から出ていない。

理由を知るマダム・ポンフリーの支配下にあるこの医務室に毎月身を隠す様に療養していたのだろう。

去年彼の正体を暴いてしまったレギュラスは満月直後にリーマスがこの場にいる事は妥当だと思う。

だがもう一人の女性の……いやまだ幼さの残る女生徒の声は聞き覚えがありすぎて、何故この場にいるのだろう、同時に何てことを言うのだと心臓がばくばくと嫌な音を響かせた。


「ねえリーマス。嘘じゃないのよ」

「そう、だろうね。だってきみの目は何も嘘を言ってないーーメリッサ」


ーー私、あなたの正体を知ってるのリーマス




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