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□thirty-eighth.
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「由々しき問題だね」
難しい顔でアニメ―ガスの本とのにらめっこを止め顔をあげたシリウスとピーター、それにチョコを摘まんでいたリーマスは厳しい声を出すジェームズを見た。
普段飄々とし自信というポジティブな思いが生きているような男が眉を吊り上げ腕組みをして困っているらしい。
自室に籠っている為に四人しかいないこの場においてジェームズへ全視線は集中する。口元に手をあて視線を下げたまま重い口調でジェームズは切り出した。
「……さっきリリーと話しをしたんだ。その時に教えて貰ったんだけどメリッサはリリーの忠告すら受け入れなかったらしい」
「……忠告?」
「ちゃんと食事と睡眠を取るくらいはしないと医務室に強制連行するという忠告さ……僕どころかリリーの言葉すら聞かないなんて、誰の言葉だったら聞いてくれるんだろう」
全身から疲れを吐き出すような溜息をつくジェームズにチョコで汚れた指をナプキンで拭くリーマスは同調する。
ピーターも何度か首を縦にふり同意を示す中シリウスだけは視線を逸らし、むっとした顔でローテーブルへ本を手荒く放り投げた。
「人の心配も聞き入れないなんてあの二人の性格上現状よっぽどのことをしているとは流石に僕等も分かるんだけれど、傍から見ていると心配で仕方ないよね。お互いの言葉が効果的なんだろうけどさ……」
「無理だよ。だってレギュラスもメリッサも全然会話をしていないじゃないか。ねえシリウス、何かレギュラスから聞いた?」
見るからに拗ねた顔を晒すシリウス。ピーターからの問いに素っ気無くも淡々と答える姿に彼の心配と憤りを感じられぬほど短い付き合いでは無い。
「……あと少し待ってあげて下さいとしか言わねえよ。死人の方がマシな顔色して何でアイツは他人を優先できるんだか……」
「これがメリッサ相手じゃなかったらレギュラスは自らを追い詰める行動はしなかっただろうね。良くも悪くも弟が彼女を優先するからお兄ちゃんとしては心配で仕方ないんでしょ?」
「否定はしねえよ。せめて自分の心身を休めることくらいして欲しいが、レギュラスは聞きはしねえし。メリッサもそうだろ?ジェームズ」
「まあね。はあ……何かを果たす前に二人が共倒れする未来しか僕には見えないよ」
二人仲良く医務室のベッドで疲れ眠り続ける姿は容易に想像できる。約三ヵ月だ。その期間の間二人は砂時計が上から下へ淀みなく流れ落ちるように心身を酷使し続けている。
元々仲が良く少々依存気味だったのが今学期が始まってすぐに急に距離を取るようになった。喧嘩したというなら対処の仕様があったが理由は別の所にあるらしく詳しい説明もされない。
もどかしい。その一言に尽きるのが今のジェームズの本心だった。
ジェームズの言葉に他の三人も容易に医務室送りになる光景を想像でもしているのだろう。それぞれが空気を見つめ黙り込んだ。
それほどまでにこの三か月間は二人を物理的にも精神的にも追い詰めた。青褪めているのに目の下に色濃く居座る隈。力の無い動作。だが何かを必死で探す姿や机や本に齧り付く姿。
何をそこまで焦っているのだろうとジェームズは思う。まだ二年生で就職活動でもする訳でも無いのに。人生がかかるほどのテストを控えている訳でも無いのに。
(まるで人生がかかっているみたいに何かにもがいているようにも見えるんだよね……)
もう間もなく冬休暇へと差し掛かる。その期間中に少しでも気が紛れることでもしてあげなければ、とジェームズは重い心で考える。
だが正直ジェームズ自身が気付いていた。きっと何をしても本当に出来ることなど待つことしか出来ないのだと。
それでも兄妹として兄として。何もしないでいるなど最初から選択肢に無い。きっとシリウスも同じだろう。
虚空を見ている虚ろな顔をジェームズが横目で見ると、兄として何かしてあげたい意思を目から感じ取れた。応援するように闇夜の隙間から真白な雪がちらほらと降り注ぎ始める。
もう雪の季節なのだ。雪はいつか溶ける。この問題さえも簡単に溶けるようにとジェームズは窓へと視線を向け踊る様に落ちる雪を静かに見続けた。
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