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□thirty-seventh.
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 どこか遠い国の昔の習慣に夜だけ逢瀬を重ね朝になれば別々の生活へと戻るものがあったとマイナーな本で読んだことがある。

後ろ髪を引かれる思いは文面からは伝わらなかったが、きっとそんな思いをしていたのだろうとレギュラスは勝手に想像する。

そして思うのだ。後ろ髪を引かれるどころかこの身さえも引き裂かれる想いを味わうと分かっていても、会いたいと。会って離れた後の空虚感すら愛しいのだと思うのは自分だけでは無い筈だと。


 朝日も届かない明け方の談話室。暖炉の前を陣取り赤々と燃える炎に影を揺らしながらもレギュラスとメリッサは人目を避ける様に会っていた。

前回は偶然だった。だが今回はレギュラスが粘りに粘り、メリッサがこの時間帯に現れるのを待ち努力が実り得た逢瀬だった。

完全に冬へと移り変わった室内では暖炉の炎が前回よりもやや激しく身を捩り室温をあげようと必死だ。拳ひとつ分の距離を保ち隣り合う二人は、内緒話をするように声を潜め穏やかに会話を交わす。


 お互いに炎に照らされ出来た蠢く影では隠せない疲労感を目元や顔色に滲ませてはいたが、最初は口に出せずに遠回りの会話をした。

だがその末に訪れた静寂を機に、レギュラスがそっとメリッサの目元を指の腹で撫でれば……心配はスルリと口から出てしまう。それを皮切りに拳ひとつ分の心の距離は意味を成さなくなる。

「……ちゃんと眠れていますか?疲れが溜まった顔をしていますよメリッサ」

「レギュラス君がそれを言うの?同じような顔している人に心配されても困るわ」

「僕はちゃんと眠れていますよ」

「嘘ばっかり。前よりも青白い顔色をしてるのに……」

 心配そうなメリッサの指はレギュラスの頬をそっと撫でる。まるでキスを求めているようだと場違いにも程があることを思い、ふと笑みを浮かべたレギュラスはその冷えた手に頬を寄せた。

やはり彼女も疲れているのだろう。心身ともに疲れてでもいなければこんなに体温が低い訳が無い。時折乾いた咳をすることも無い筈だとレギュラスは、頬を寄せた手を握り締め自身の体温を移す。

するとメリッサはくすりと笑いむず痒そうに言う。

「……レギュラス君は暖かいね。青白い顔してるとは思えないくらい暖かくて、気持ちいいなぁ」

「……あなたが冷たすぎるんです。風邪を引いてしまったと言われたら納得出来る程に体温が低くて……あまり心配させないで下さい」

「風邪は引いたつもりないんだけれど最近は咳が出るみたいでお兄ちゃんにも心配させてしまったの。何ともないから心配しないでなんて言っても納得できないよね?」

「ええ。心の底から」

 困ったように眉をハの字に下げるメリッサの体温の冷たさは去年の同じ時期と比べても比較にならない程に低く氷の様だ。

暖炉の頑張りさえ氷の壁に阻まれ届かない。そんな体温をレギュラスがそっと抱き寄せメリッサの首元に顔を埋めれば、突拍子も無い奇行に挙動不審になるメリッサが面白くて肩が震えてしまう。

着込む服の上からでも感じる冷たさをレギュラスの体温で包み込みながら。目に見えぬ暖かな愛を注ぐ様にレギュラスは茶化しながらも言う。

「な……っな……!?」

「おや?いつもジェームズ先輩とハグをするのに慣れているというのに僕は嫌ですか?」

「……ッお兄ちゃんとレギュラス君は違う、から」

「同じですよ。ああ、ほら。少し暖かくなってきた。僕とハグをすればメリッサは、僕と同じ体温になれるんです。お嫌いですか?」

「嫌では……ないけれど。何だか……恥ずかしい」


 消え入りそうな羞恥心に震えるか細い声がレギュラスの顔のすぐ横から聞こえ、思わず固まる。

好奇心からメリッサの顔を見たくて離れようと身じろぐと、彼女の温まった腕がレギュラスの背中に回され行動は阻まれてしまう。まるで行かないでと袖を引くように。

ぎゅぅぅっとしがみ付き熱い背中に爪を残すように皺を作る衣擦れの音まで聞こえてくる。どうしても見られたくないと言葉無く物申すメリッサにレギュラスは笑い袋になる魔法をかけられた気分だ。


 クツクツと肩を震わせてもう一度メリッサの首元に顔を埋め、溶け合える気持ちの良い体温にレギュラスは鼻先を摺り寄せた。さり気なく人間らしい温度を灯す体を抱え直せば二人の距離はゼロになる。

僅かな羞恥心と胸の奥で愛しさがざらりと波打つ心地よさ。好きという言葉では収まらない。レギュラスは全身に響く心臓の高鳴りがメリッサに届いても何も怖くないと思えた。



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