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□thirty-fourth.
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 十月の末にハロウィーンを狙って盛大な悪戯を仕掛けてくれた悪戯仕掛け人は四人仲良くマグゴナガル先生に連行された事件は何らかの功を成したらしい。

その翌週のとある日に、よく眠れなくて明け方談話室へと下りたレギュラスがふと誰もいない筈のそこに人影がゆらりと大きく揺れたのを見て辛うじてあった眠気が一瞬で覚めた。

日の出までの時間が伸びた明け方など本当に暗くて夜と全く変わりが無いくらいなのだが、談話室はふわりと暖かく暖炉が灯され炎の揺らぎに同調するように誰かの影が蠢いていた。


 それが誰であるのかは近寄ればすぐに分かった。レギュラスはハッと息を飲み恐る恐る暖炉前のソファに陣取るその人の隣へと近付き名前を呼ぶ。

ぱちりと瞬きをするハシバミ色の瞳を直接見たのも、その人から名前を呼ばれ会話をするのも……一月ぶりだった。

その高揚感に胸が痛くなるが、寝入ってもいないのに夢を見ているのではと思ってしまうほどレギュラスは夢心地な気分だった。

「こんな朝早くにどうしたんですメリッサ……」

「レギュラス君……?」

「はい。お久しぶりですね」

 どうやらメリッサはどこかぼんやりとしたままレギュラスが本人なのか夢なのか判断がつかないらしい。

そっとレギュラスの頬に触れてくる指先は微かに震えており、まるでゴーストに触れるようだとレギュラスは小さく笑う。そんな指先に自身もそっと触れて頬を摺り寄せれば今度はメリッサが小さく笑う。

お互いがお互いしか知り得ない仕草。それに安堵を覚えたのだとしたら……少しは離れていた時間は無駄では無かった。レギュラスは少しだけそう思えた。


「隣に座ってもいいですか?」

「うん」

 座る為に離れた手は名残惜しさを感じられるが今までの別離が嘘のようにレギュラスが拳ひとつ分の距離を保ち横に腰かける。

普通の人間関係なら気まずさ等理由を付けて距離を保つだろうがレギュラスはそれが正解だとは思えなかった。

現にいま前と同じような対応をするレギュラスに少し呆けてやがて嬉しそうに笑うメリッサの反応に正解としか思えないのだ。暖炉の暖かさがじんわりと肌を覆い心にまで届いているのかもしれない。

「不思議だね」

「はい?」

「私はレギュラス君と傍に居る時には当たり前で気付けなかった事が、離れている間に沢山気付いたりしていたんだ。その中にね……」

 ちらり。窺う様に見てくるメリッサが傍に居る時には見せなかった悲しそうな表情にレギュラスは息を飲む。

その表情だけでも胸に刺さる物があっただろうが、それ以上に暖炉の暖かさが彼女の顔に影を作ること。何ともいえない大人びた表情に見えてレギュラスは思わずドキリとした。

「レギュラス君が傍にいないと物凄く不安に思えたの。そう、幼い子がダイアゴン横丁でママやパパと離れ離れになって迷子になってしまったような……喪失感とか恐怖心が心を巣食う感覚ね」

 胸を撫で下ろす仕草をしたメリッサはレギュラスから視線を逸らし自嘲染みた笑みを浮かべて、小声で吐き捨てる。

その様子が天真爛漫な彼女を少しずつ蝕んでいくような嫌な予感がレギュラスの足元から冷たく這い上がってくる。思わず制止の言葉をかけてしまうほどに、いつの日かメリッサが追い詰められるのでは不安が波打つほどに。

メリッサのことがレギュラスは心配でたまらなかった。


「レギュラス君から離れたのは私の方なのにね」

「……ねえ、少しだけ離れるのを止めませんか。メリッサの調子が少し悪いように見えます。必要なら休んでからまた……」

「駄目だよ。ようやく、自分が見え始めてきたんだから」


 強い拒絶が返ってきた。その言葉にショックを受ける前に、固い意思が灯るハシバミ色の瞳がレギュラスを射抜くその色の中に、金色の粒子が脈動するように明滅するのを見つけ固まってしまう。

まるでスニッチのように金色。蝶々が自身の羽に鱗粉を纏わせるように細かく、たった一粒では見えないソレを掻き集めたような凝縮した強い光。

透き通るハシバミ色の瞳には些か不純物のように異色なソレはメリッサの昂る感情に合わせて光の度合いを調節しているようにも見えた。

(やはり……見間違えじゃない。前回よりも濃く……)


「今までレギュラス君と行った事さえ無い場所もあちこち行って自分を探し続けたよ。たまに授業さえズル休みしてまでも探した自分は、私の中にあるって最近漸く気付けたの」

「……それはどういう意味ですか」

「ここにある」

 暖炉の優しい光を受ける指先はメリッサ自身の米神を指差し軽くトントンとリズムよく数回叩く。頭の中にあると言いたいのだろうか。

つまりそれは彼女の無くした筈の記憶が徐々に戻り始めていることにメリッサは気付き出したということなのだろうかと、レギュラスは指差される彼女の頭部を食い入るように見つめた。

指差すのを止めた指先が視界から消えてもレギュラスの視線の位置は変わることは無かった。
 
「ホグワーツに入学してからずっと強かった眠気。朝起きると内容は覚えていなかったんだけれども、私自身を探し始めてから鮮明に覚えることが出来るようになったの」

「夢を見るということですか?普通の夢などでは無くメリッサ自身に関係すると何故分かるんです?」

「……分かるよ。流れてくる感情も、夢で体験した時の苦痛も喜びも色々な感情が……全て今の私に混ざってる感覚がするの。普通の夢ではそんなこと無いでしょ?」 

 困った笑みをレギュラスへ向けるメリッサはふと体の向きを向き合う体勢に変えると、レギュラスの胸元に掌をあててくる。

触られるだけで嬉しさでどうにかなってしまいそうな気持ちと純粋に疑問を追及する気持ちとがぐちゃぐちゃになりそうだ。びくりと反応したレギュラスに薄く笑い謝るとメリッサは目を細めて夢の精度を打ち明ける。

その言葉にレギュラスの胸の奥底でざらりと何かがどよめいた。

「……レギュラス君がスリザリンのネクタイをつけていた時もあったよ。緑と銀のネクタイで、ローブの色も今とは違うの」

「ーー……!」

「今まで見た夢の中では何度かレギュラス君は出てきたけれどいつもスリザリンの恰好をしていたわ。まるでーーあなたがスリザリン生みたいに」

 心臓が怯える様に跳ねる。全身に冷たい血が送られているのかもしれないと、レギュラスは背筋に冷たい汗が伝う感覚に震えつつもどう答えるか必死に考える。

もし「そうなんですよ」と答えた所でメリッサがレギュラスを拒絶することは無いのだろう。それは頭では理解出来ていてもザラザラと騒めく心が怖気づく。

レギュラスの体を包む冷気のように弱い心はどこまでも冷えて。ネガティブな考えばかり考えてしまう。


 現実の時間にして三十秒もかからない時間黙った末にレギュラスは話をすり替える方法を選択する。申し訳無さと不甲斐無さに心が萎んでしまいそうだ。

突然の話題の方向転換にメリッサは数度ゆっくり瞬きをしたがすぐに話を合わせてくれる。思い出しているのか顎に手をあて小さく唸っている。

まるで子犬のようだとレギュラスの心は少しだけ浮上出来た。


「ーー最近見た夢は何でしたか?」

「え……えっと、待ってね。思い出すから……うーんとね……んーっあ!」

 思い出したのか嬉しそうな顔をして言うメリッサ。柔らかく細くなったハシバミ色の瞳にはキラリと金色の光が明滅しているのだ。

言われた言葉に引っかかるものは感じたがレギュラスはあまり心がついて行けずに曖昧に笑い彼女の見た夢を、朝日が昇る僅かな間だけ聞き続ける。

また朝になればメリッサは現実世界にも何か手がかりが無いか探し回るのだろう。傍にいれる間は一秒たりとも無駄にせずに傍に居たい。

萎んだ心には沢山求める意思は存在していなかった。


「目の色が違うお兄ちゃんの夢!」



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