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□thirty-first.
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散々な経験をした教科書買いだったが残り少ない夏休みは無駄に出来ない。レギュラスは沈む心を頭を振り気持ちを入れ替え分厚い本のページをめくる。
例え嫌われてもボーダーラインを共に越えなくてはならない。その術を知らずに嫌われるだけ嫌われてまたやり直しなど本気で救えない。
(それに本気で嫌われた訳では……また新学期にと手を振ってくれた。でもやはり少し気まずいのは……仕方ない)
いつか言わないといけないのかもしれないとは思っていた。それがメリッサが記憶を思い出すか、自分が言うかの二択しかないとレギュラスは頭の隅には置いていた。
その時期が想像以上に早まっただけの話。そう頭で分かっていてもいざ言った所で信じて貰えなかったら……そう思うだけでレギュラスの気持ちは重くなる。
誰に拒否されても構わないのだが共に経験した過去をメリッサから拒絶されるのは耐えられない。今までの自分達の愛まで否定された気分にもなり考えれば考えるほど泥濘に沈む気さえした。
全く進まない羽ペンを置き天井を見上げ溜息を吐く。正直今年一年と来年の終わりまでに突破口を見つけなければ厳しい状況下だ。
悩む時間さえ惜しいのは分かってても頭を占めるのはメリッサのことばかり。前回よりも複数の悩みの種が減ったことによりレギュラスの頭を占めるのが彼女が大半になったのはいい傾向なのだろう。
その傾向により与えられるものならば甘受すべきだ。それがどんなに痛みを伴うものだとしても、未来に光を齎す物だとレギュラス自身が信じなければ誰が信じるというのだ。
天井から視線を書き掛けの羊皮紙へと下ろし苦笑を浮かべて、また羽ペンを取る。インク瓶へとペン先をつけようと伸ばした時ーー荒々しい足元が図書室へと近付いてきている音に動作を止めた。
バンッと扉が壁へ跳ね返るほど強く開けられると同時にレギュラスは騒音の根源である人物を顔だけで振り返る。
灼熱の怒りで心を爆発させたような表情のシリウスが何かを強く握りながら、絨毯を破る勢いで歩み寄りレギュラスの横に立つと……鋭く睨み付け、資料の散らばるテーブルへ荒く何かを叩き付けた。
それは手紙だったもの。捻じれ返り変形した手紙には送り主であるS・Sのイニシャルがあった。それを見てピンと来たように、目の前のシリウスも気付きこの怒り具合なのだとレギュラスは納得する。
怒りを無理矢理抑え込もうとして失敗した声が水面を波打たせてどんどんと波しぶきを高く上げ始める。レギュラスはただ淡々と、怒りに支配された兄を見続けた。
「……お前宛ての手紙だ。このS・Sっていう相手はよぉ……あのスニベリーのことだろ。レギュラスがちょくちょく図書室で会って会話をしてるセブルス・スネイプだな?」
「ええ。筆跡にも見覚えがあります。それに僕はセブルス先輩とも文通をしていますから」
「へえ……っお前は何でスニベリーなんかと交流するんだよ。あいつの何がいいって言うんだ、闇にハマる危ないスリザリン生だって俺でも理解できるのに……ッ」
苦しそうな怒りを強く滲ませる声はこの場にはいない誰かを責める。生理的嫌悪が根底に存在するのであろうシリウスはどこまでも泥濘に堕ちるように汚い感情を吐露していく。
弟の波一つ立たない水面のような冷淡な眼差しは感じていただろうが、自分の溜まりに溜まった感情を吐き出している子供の癇癪は止まらない。
「気に食わないから虐めて何が悪いんだよ。大体ジェームズだって俺と同じ気持ちで居た筈なのに!コロッと態度変えてスニベリーと友好関係築こうとしやがる……っ馬鹿じゃねえのか!!」
「……」
「何でよりにもよってアイツなんだ……ッスニベリー以外の薄汚いスリザリン生なら沢山いるのに何でアイツなんだっ」
吐き出す汚い感情は激しい波しぶきを立て続けるがその中で感情の色を変え始めていることにレギュラスは目敏くも気付く。そして理解してしまう。怒りの奥に隠されたシリウスの本音を。
ふいにレギュラスの肩を掴み子供とは思えない握力でギリギリと握りしめ、追い込まれた表情で不安を募らせシリウスは痛みに顔を歪めたレギュラスへ縋った。
「ぃ……った……!」
「レギュラス。レギュラス、お前はもうスニベリーなんかと会うのも文通すんのも止めろ。ジェームズみたいに仲良くするのも止めろ。将来敵になる奴なんかの傍にいるな!」
「にいさ……」
「アイツは危ない奴なんだ。誰よりも闇の魔法に惹かれて、そう遠くない未来でアイツは絶対に闇の帝王に跪くんだ。今ならまだレギュラスの傷も深くない、な?離れるんだ……っ」
ーー頼むから。
怒りよりも心配や不安が色濃く変化していく。
そんなシリウスの顔も感情も弱まる肩を掴む手の強さも、レギュラスは受け止め……冷淡な態度は一切変えずに兄の不安を一掃していく。
瞠目する激情の瞳。それすら隙に見えるレギュラスは自身の考えと言葉でシリウスの隙に狙い忍び寄る。全てはボーダーラインを越える為と固く心に誓いながら。
「兄さんは何か勘違いしてませんか。僕はーー先輩を利用しているだけですよ」
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