ボーダーラインを飛び越えて 1

□seventh.
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 ホグワーツ特急が速度を徐々に落とし完全に停車したのを合図に、生徒達は我先にとばかり狭く暗いプラットホームへ次々に足をつけていく。

九月の夜の冷たさを吹き飛ばす新入生の興奮を眩しそうに、懐かしそうに見守る上級生の生暖かい目は何も変わってはいない。誰もが自身の入学時を思い出される光景に目を細めた。

シリウスやリーマス達とは「グリフィンドールで待ってる」と手を振り合い、ジェームズだけはレギュラスに「ホグワーツまでの道中メリッサを転ばせたら容赦しないからね」と釘を刺す。

実に底冷えするこの場の雰囲気に溶け込むような眼差しにレギュラスは顔が引き攣った。


 それを見て機嫌良さそうに笑うジェームズは、今までが嘘のように好意を撒き散らし妹の手を宝物を愛でる手付きで握り、彼の心の叫びを訴えるのだ。

 「グリフィンドールでお兄ちゃん両手広げて待ってるから!メリッサだけをね!」


 大勢の生徒の前でそんな告白染みた兄のラブコールを受けたメリッサは、恥ずかしそうに周囲の視線に頬を染め困った様に俯く。

通り過ぎていく群集の好奇の目に晒される経験など記憶の無いメリッサには酷な物で。困っていると見るからに分かるのは愛を謳う兄以外の全員だろう。

見かねた悪戯仕掛け人が妹へはりつくジェームズを引き摺り、新入生以外の上級生が乗り込む馬車が待つ場所へと人の波を掻き分けて見えなくなった。


 姿が見えなくなっても何度か必死にメリッサの名を叫ぶのが聞こえてきて、その度にメリッサは周囲を気にしてこっそりとレギュラスの背中に隠れようと頑張っていた。

あまりにも兄の愛が激しいといつだったか聞いた事があるレギュラスは、名前すら知らない生徒達の視線すら気にしないジェームズのラブコールを目の当たりにしたのがこれが初めてだった。

スリザリンにいた頃は廊下でもメリッサとすれ違う時は視線すら合わせないようにお互い努めていたので、必然的にこういった彼女の周辺の反応というのは見るのが限られており、食事すら時間をずらしていた。


 死すら共有した仲だというのに彼女の学校生活ではレギュラスは常に傍に居る事は出来ないこと。それを簡単に出来る存在を視界に収めたくなかった……ただの男の嫉妬。

だが今回漸くその嫉妬すらレギュラスの手によって握り潰す機会を得る事が出来る。同時に一筋縄ではいかない予感を感じさせたが、レギュラスは困難があれば燃え上がる素質があるようで。

ざわりとより強く胸中が疼く。その感覚に挑むように口角を上げれば、目撃した新入生であろう黒いネクタイをつける少年が青褪めていく。きっと彼は悪夢を見てしまい寝付けないかもしれない。


 周りに一切の意識が向かないレギュラスは、先程からどうにか頑張って隠れようとするメリッサの手をそっと握り、大声で一年生を呼ぶ大男の元へ足取り軽く近付いていった。







 ジェームズが釘を刺す理由も頷ける人の手が僅かに入った程度の獣道。

月明りすら拒む樹々が作るトンネルのような場所は、道案内の大男……ハグリットが持つ微かなランプの明かりが命綱に感じる。

恐怖を覚える子もいれば、新たな冒険だとワクワクしている子も、磨き抜かれた大理石の上でしか歩いた事が無い子は不快さを隠さずに顔を顰めていたり、樹々の生態に興味を持ち目を光らせている子もいる。


 組分け帽子を被る前からでもどの子がどの寮に入るか判断がつくレギュラスは、繋ぐ暖かな体温越しに震えるメリッサを感じて幾度目かの握り返す手に力を籠めた。

言葉無くとも恐怖を感じている姿はひしひしと伝わる。暗くて分かりにくい顔もきっと誰よりも青褪めていることだろう。

そんなメリッサへ何度も優しく声をかけるのだが、何故か彼女の震えは止まらず。レギュラスが疑問に思う程怯えていたのは、狭い道が開けた先に待ち構えていた物で漸く理解が出来た。


 鬱蒼と茂る樹々を抜けた先は急に開け、大きな黒い湖のほとりに出たことにより、他の生徒は月明りや星の煌めきに再び会えた事も相俟って歓声をあげた。
 
向こう岸の高い山の一番上にそびえ立つホグワーツ城に興奮している様子にも取れたが、皆が上を見上げ顔を綻ばせる中……二人だけは下を見ていた。


 綺麗な三日月を呑み込む黒く揺蕩う湖。そこを見ているだけでレギュラスは心臓が止まりそうになり、嫌な汗が背筋を伝い、カラカラに乾いた喉で生唾を無理矢理飲みこむ。

見ているだけで吸い込まれそうな湖は……かつて二人が死んだ亡者が潜む常闇の湖に酷似していた。

きっと朝になれば違う顔を見せるであろうと分かっていても、今この湖が見せる顔が無意識に二人を怖気づかせる。

(何度も渡った無害な湖だと分かっていても……怖い。こういう時記憶がなければいいとは思うけれど……でも、メリッサは記憶が無い筈なのにあの様子だと……体が覚えているんだろうか?)


 案内人であるハグリットが岸辺につながれ列を成す小舟を指差し乗る様に指示を出してくる。

我先に乗り込む子供っぽさは羨ましさを感じるが、頼りにならない船の上ではしゃいで転覆するくらいなら水が怖いと怯える子供たちに混ざった方がマシだとレギュラスは思う。


 躊躇を見せる足がどうにか一歩を踏み出せばレギュラスの恐怖心は理性を上回ることは無い。軋む岸辺を弱弱しい抵抗を見せる手を引き、レギュラスが先に上下に揺れる船へ乗り込む。

怯え切った小動物と化すメリッサは船の前で足が竦んでしまい今にも泣き出しそうな顔をして、繋ぐ手を外そうともがく。

だが彼女を彼女自身よりも熟知するレギュラスは外される前に一瞬で手首を掴みあげ、怖がるハシバミ色の瞳へどこまでも純粋な想いで出来た言葉を染み込ませていく。


「メリッサは……あなたが今怖がっている物を越えた先に何があるか分かりますか?」

「……っわからないわ」

「そこにはね、楽しくて刺激的でずっと笑っていられる位に満ち足りた世界が……この湖の先にあります。ここを越えるとあなたは誰よりも凄い魔女になるために、七年間過ごすんです」

「私……凄い魔女にならなくてもいいもの。普通でいい。ちゃんとここを卒業して、人並みの幸せを感じて、いつか結婚して幸せな家庭を大事な人と築くの。それだけで……ううん、それがいいの」


 メリッサの言葉にレギュラスの動きが止まる。いま彼女が言った全ては……覚えていない筈の記憶から零れたように一字一句違わずに合っているものだ。

それを記憶が無いメリッサが言った。実際に言われた何度目かの時にレギュラスが何も返せなかったあの言葉を……。



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