ボーダーラインを飛び越えて 1

□third.
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 幾度も検査をした結果呪いの類では無いことを最終決定を受けたレギュラスは、一週間ぶりに我が家へと戻ることが許された。

検査結果に渋る母へ気休めとして渡されたのは「本人の精神の問題」という何とも不名誉なもの。

ホグワーツへの入学より聖マンゴ病院への入院を考える母を無理矢理連れ帰り、日を改めて家族会議が開かれる事となった。




 家族の誰しもが穏やかな会議になるなど杖の先ほども思わなかった。恐らくは二年前にシリウスがグリフィンドール寮へ入ってしまった案件と同等もしくは上を行く苛烈な物になる。

そう予感させるほど、レギュラスの瞳には迷いが無い。親を窺うような視線も兄を見下す視線も無いのだ。まるで別人に変わったよう。


 親に従う従順な愚かで幼いレギュラスの影は欠片も無いことを両親も察しており、直情型なシリウスよりも理性的なレギュラスとの話し合い……

それは、喰うか喰われるかの蛇の争いに相当するだろうと腹に重石が入った様な気持ちで両親は会議まで沈黙を貫いていた。


 会議はきっと夜からでは遅すぎるであろうと父が早朝からと時間を指定し……夏休みにしては早すぎる時間帯からブラック家の家族会議は、重苦しい空気の中開始する。

やや低血圧気味の所為で寝起きでボサボサな髪のシリウスを注意するほど、両親もレギュラスも余裕はなかった。

そして皆の期待を裏切らぬこの人の一言で、台風の目は特大勢力の嵐へと変貌し家族を巻き込んでいく。


「ーー僕は兄さんと同じ寮に入ります」


 どこまでも澄み切った迷いの無い声。母が奥歯を噛み締めレギュラスを瞳孔の開いた目で睨み付け、聞いた事も無い怒声を彼へ飛ばす。

レギュラスは逃げる様な態度を一切取らず真っ向から母を強い意思が灯る目で見続けた。

「ッお前まで血を裏切るつもりですか!その身に教え込んだ純血主義を捨てて、グリフィンドールへ入るなど……っ我が家の恥になるつもりなのですかレギュラスッ」

「母上の仰る話の前提というのは、ブラック家が未来にも存続している場合ですよね。僕が話す物の前提の前ではソレは大した意味は無いのです」

「何を言うのです……中世から脈々と続く我がブラック家が途絶えるとでも言いたいのですか!?」

「ーー途絶えますよ」


 空気が凍り付く。レギュラスがシリウスのように血を裏切ると言う話では収まらない。この家が途絶える話が前提だと言われ、あのシリウスですら目を見開く。

チラリとシリウスへ視線を向け直ぐに逸らしゆっくり瞼を閉じたレギュラスは、もう一度重い口調で「途絶えますよ」と言う。


 母は絶句しレギュラスの妄想だろうと突っぱねる余裕すら弾け飛ぶ。可哀相なほどに動揺して美しい顔は青白くなっていく。

これが嘘だと言えるならばどれだけいいか。レギュラスは青褪めた父が問う言葉に意識を向けながらもそう思う。


「なぜ途絶えるんだ。この家にはレギュラスも、シリウスもいる……言いたくない事だがこれ以上の妄言を吐くなら本気で聖マンゴへの長期入院を考えなければならない」

「簡単な話ですよ。僕も兄さんも結果的に若くして死ぬからです」

「俺も!?」

「正確には……兄さんは在学中に家を出て、……その、色々あった末に迎えるものですから。あと二十年は大丈夫でしょう」

「……全然大丈夫じゃねえだろ」

 飛び火し自分の未来を知り、地味にショックを受け漸く眠気が吹き飛んだシリウスは頭を抱えた。

母は家が潰えることに加え息子達までも若年死すると聞き、何が正しいか分からなくなった。ただ白く震える手で想像もしたくない未来に一言も漏らすものかと口を覆う。

父は耐えられないといわんばかり何度も大きく首を横にふり、屋敷しもべのクリーチャーを呼び出し、早口で命令を下した。


「ーーいますぐレギュラスの長期入院を聖マンゴへ伝えるんだ」

「クリーチャー、話はまだ終わっていないんだ。こちらの結論が纏ったら僕から呼ぶからそれまで待機していて?」

「結論などもう決している!お前は、あの日以来どうかしてしまった!これ以上ブラック家から恥さらしを出してしまう前に……」

「本当に恥さらしかどうか癒者では無く、父上が見て下さい」

「……何を言ってる?」

 席を立ったレギュラスは皆の視線を集めながら訝し気に息子を見る父の前で止まる。身長差のある子供と大人の距離が縮まる事は無く、けれども視線はぶつかる。

レギュラスはゾッとするほど綺麗な笑みを父に向け、オネダリをする子供のように浅ましくも強請る。母の口から悲鳴があがるとんでも無い言葉を添えて。


「僕にレジリメンスを、開心術をかけ……妄言かそれとも実体験したものかどうか、その身を持ってお教え下さい」


 笑顔の息子は自身の心を無理矢理暴き、人格崩壊の可能性のある呪文をかけろと言う。

幾ら純血主義思想の貴族とは言え、入学前の大した魔法も使えない子供にソレをかけることはありえない。例え闇側の家系とは言えども……平民の親と同じく子供を慈しむ心を持っているのだ。

奥歯を噛み締め苦し気な表情をする父は、からからに乾いた喉から声を絞り出し、レギュラスを弱く責めた。


「……実の父親に子供を拷問しろと、お前は言うのか」

「拷問?」

 そこでレギュラスはきょとりと幼い顔立ちを見せ、すぐに父の言葉を嘲るような懐かしむような遠い目をして、鼻で笑う。

その姿に腹が立つ前に直視した父の背筋はドライアイスを入れられた如く一瞬で冷えた。背後に杖を突きつけられ生殺与奪を相手に握られてるように生きた心地がしなかった。


「開心術は拷問ではないでしょう。許されざる呪文に匹敵する拷問など存在しない……それはこの体が、」


 幼い紅葉を自身の胸元にあて心臓を掴むように服の上から握りしめる。

幼い見た目とは不釣り合いな重苦しさに、目の前の幼い息子が自分と同じくらいの身長まで成長した姿が一瞬見えたような気がすると、父はぶるりと震えながら思う。

「身を持って体験してきたことです……僕がかつて我が君と呼んだあの方が、自らの手で殺して下さったことも何度かありましたしね」

「なに、を……」

「ああ駄目ですよ父上。あのヴォルデモートのように嘲け笑いながら僕に杖を突き付けるんです。そして言うんですよ、アバダ・ケダブ……」

「もうやめてくれ!!やめてくれ、レギュラス……」


 杖も無いレギュラスには死の呪文は発動できなかっただろう。それでも父は息子が陰りのある笑みを浮かべ呪文を言うのも許容しがたいものだった。

悲痛な父の声などレギュラスは何度も生を繰り返す中で初めて聞いた。父が妄言か否かを今証明することは難しいだろうとレギュラスは冷えた頭の隅で思う。


 縋る様に「やめてくれレギュラス」と言う父から悲しみの涙を零す母、両親よりも情報は知ってはいてもレギュラスの起こした騒動に絶句する兄へとそれぞれ視線を向ける。

そして……最初の死の際にメリッサと共に現場に居たクリーチャーへ。

 彼は温厚で親の背中に隠れてしまう様なレギュラスが、冷たく大人びた雰囲気を纏い家族の和を乱している現状に困惑している。

そんなクリーチャーをじっと見てるレギュラスに我に返り、恐る恐る名を呼んできた。


「レギュラス様……?」

「なんだいクリーチャー……ああそうだ。どうせならお前もこの場に居て僕の話を聞いてくれ。今からとても大事な話をするんだ」

「そ、それならばクリーチャーめは退室致します。クリーチャーがこの場にいるなど、おこがましいのです」

「駄目だよ。初めからお前は僕の大事な家族なんだ。クリーチャーだけ除け者なんて、兄さんがスリザリンに入るくらいありえないよ」


 そういって大きな目をこれでもかと開くクリーチャーにレギュラスは優しく微笑む。父を座席に座らせ自身もまた元の席につく。

兄を引き合いに出したことをシリウスから軽く肘打ちを貰ったレギュラスだったが、小さく謝っておかしそうに笑う。

そうして今までの暴挙に等しい行動を綺麗さっぱり忘れてしまったようにレギュラスは堂々と両親へ記憶の風呂敷を開いていく。


「さて。なぜ僕がグリフィンドールへ入りたいかご説明します」


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