文豪ストレイドッグス

□習慣と明日を
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 湯上りの肌にヒヤリと本能的に感じる温度が当たり、中原は真顔で突発的な事をする相手を見下ろした。

見下ろした相手もまた中原同様に真顔であり、任務時の時とはまた違う真剣さを醸し出しながらも、湯冷めをした指先は幼気な子供のように躊躇無く綺麗に割れた腹筋に触れては撫でた。

掌全体で質感を試すように触れたと思えば今度は指先で悪戯につつき、鍛え抜かれた腹筋の溝や隆起した筋肉の硬さに表情を変える事無く触れ続ける。

左手の薬指で結ばれた関係といえども人体の急所である部分に触れられる事は、未だ抵抗のある中原に行為以外で触れるタイミングは小夜にはこんな場面しかないのだろう。


 下だけを履いた中原がソファに沈んだ頃合を見計らい珍しくも自ら彼の膝へ乗り上げた小夜に、中原は浅ましくも「お誘いか?」と口元をあげたのだが期待も虚しく。

小夜は頬を染める事も無くただ中原本人というよりは中原の腹筋しか視界に入っていないらしい。

がっかりとしソファの背凭れへ力無く頭を預け、恨みがましく言うのだが腹部に感じる感触は止まる事は無かった。


「……テメエは本当に何がしたいんだよ。これで誘っていないなら神経を疑うぜ」
 
「マフィアにいる時点で普通の神経はしてません。それと中也さんが話すと腹筋も動いて面白いです」

「そりゃあ俺の体の一部だからな。動いてねえと逆に怖いだろ」


 小夜にしてはまともな事を真顔で言っている。背凭れに頭を預けたまま自分の膝上に乗る柔肌の感触に沈みかかった口元を戻し、視線を下から上へと移動させる。

先に風呂をあがった彼女は自分で髪を乾かすこともしないのでポタポタと水球を垂らし、中原のズボンに丸い染みを重ね色濃く塗りこんでいく。

折角洗濯した物が踵を返さざるを得ない状況は腹立たしいが、それ以上に案外膝上に乗られる事が普段と違う景色が見れるのが楽しいと中原は思う。


 湯冷めをする前は艶やかな白さに桃色が混じり正直何度見ても齧り付きたいと思わせる太腿は、僅かに淡い色を残し触れると指先ほどは冷たくは無い。

掌に吸い付く感触を確かめるよう不埒な手がじれったくも小夜の膝下から太腿の内側へと上がっていけば、彼女の体がピクリと揺れた。

その動きに合わせて丁度中原の眼前でふるりと揺れる胸元。甘い香りに誘われるように胸元へ顔を埋めれば、今度は驚きのあまり一瞬小さく弓なりになる体がまるで中原に押し付けるよう。


 何とも言えない柔らかさに顔を包まれ中原は隠しもせず肩を震わせて笑えば、小夜の羞恥心と咎める声が混ざり落ちてきたが、ぐりぐりと顔を埋めるのに忙しいので気の抜けた状態で言う。

太腿の内側を際どいラインまで撫でまわした手は、肌を撫でるように小夜の腰へ回りより一層抱き締めると、中原の腹筋から手は外れ恐る恐る亜麻色の髪に触れてきた。

声色と言葉に反し慣れない手つきで中原の髪へ指を通し頭から首筋へと撫で下ろし、晒したままの背中に浅く爪を立てた……これで誘っていないだなんてどうかしている。

下着の無い直接的な感触を感じながらも中原の顔の動きは止まらない。


「……何してるんです。いい大人が子供返りでもしたいのならどうぞ紅葉の姐さんの元へ行ってください」

「馬鹿言え。ガキならこれ以上のことは求めねえよ。ん……やわらけえ」

「ちょっと……っ中也さん!まだ、髪が……」

「俺に乾かせって言うんだろ?わーってる。それくらい待てる大人の余裕はあるっつの」


 そうは言いつつも小夜の胸元から顔をあげようとしない中原。ぎりりと背中に爪痕が残る威力は小夜の無言の抵抗なのだろう。

ふかふかの男のロマンに浸る刹那の時間から溜息を盛大に吐きながらも顔を上げた中原は、一気に小夜の重力を軽くし向き合う体勢から背後から抱き込む体勢へと変える。

中原自身も両膝を立て彼女を間に座らせるとソファの肘掛に放り投げられていたタオルを取り、ずぶ濡れの狗の頭へ被せてわしわしと慣れた手付きで乾燥作業へと移った。

男らしくも荒く思える手付きだが小夜曰く「丁度良い加減です」とのこと。気持ちよさそうな声がちょこちょこ漏れるので決して嘘では無いのだろう。


「なあ風呂一緒に入れば小夜がこんなに湯冷めすることがねえだろ。また一緒に……」

「中也さんと入ると休めません。服を着てるだけでこうなんですよ?無くなったらあなたが暴走するじゃありませんか」

「男なんて好きな女の裸体があれば手を出したくなるんだよ。好きじゃねえ女に誰が毎回髪を乾かしてやるかっての。愛されてる証拠の何が嫌だってんだよ、あ?」

「だから言ったじゃないですか。体が休まらないから嫌だと……まあ、たまにはいいんですけど」


 たまになぁ?と語尾をあげ呟く中原は作業中の手を一旦止め背後から柔い肌を抱き締める。

急な作業停止に小夜が顔だけで振り向こうとするのを察し中原は孤を描いたまま唇を重ねる。驚く瞳を覗けば意地が悪い男が笑いながらこう言うのだ。



「腹筋だろうが背中だろうが急所だろうが、どこでも触れさせてやる。だから明日から風呂一緒に入るぞ」




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