文豪ストレイドッグス

□見透かす慧眼
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ああ…そういえば、そうでしたね


組織を抜けた連中の四肢を削ぎ落しながら小夜はふと思う

骨の綺麗な断面が見える逞しい浅黒い足が赤い悲鳴を上げて、無残に粗末なアスファルトを汚す横を通りすぎ、右手に携えた拳銃が狙いを定める

脂汗を掻き痛みにのたうち回り、歯が不自然に欠け口中から血を赤ん坊の様にだらしなく垂らす男の横っ面を蹴り上げ、仰向けにし懺悔と怯えを訴える愚かな裏切り者


無情にも胸を貫く三発の弾によりただの廃棄物と化す。硝煙が鼻を擽り血と死の匂いをより濃いものへと変えていく

黙って無機物を見下ろしていた小夜には張りついた笑みが、次の標的へと移り…息を呑む間に目の前に迫られ、マフィアの裏切り者の印を刻まれていった

一人二人…と殺す度に死に怯えた死刑囚の声が小夜を呼ぶ


「朝霧だ!チャカなんて捨てて逃げろッコイツには効かな…うがッ、ふ」

「うああっあ…あああッ嫌だ、そんな…何でよりにもよって中原がッ…!?ぐ…ぃ」

「中原!?アイツの女はまた野郎の下に戻った筈だろ!?部署違いにもほどが…ァ」


(ああ…そういえば名字変わったんでしたっけ)


殺しを隠し切れない恐怖に耐え待つ者も逃げ出す者も。そっと頬を滑る優しいそよ風に、一瞬だけ明るい日向の下で感じる風の心地良さを思い出し、気を取られた

子供が紙に書いた暖かい落書きが一気に背筋が凍る悲鳴を背景にムラなく鮮血に染められていく

物理的な痛みを伴い、痛みを叫ぶ口は幾人も顎を破壊され堅いエナメル質の欠片が星屑のようにアスファルトに転がった


それだけは綺麗で、それだけが裏の人間に差し伸べられた唯一の救いにも思える。痛みが限界を迎える前に心臓を避けて三発。三発…三発…

空の薬莢が子守唄に聞こえるほどに、いつの間にか生きている人間は小夜と仲間の死を掻い潜り無様に生き延びた一人の男だけの寂しい空間になってしまった


幾人殺そうと小夜の笑みは張りついたままで、生気を感じ得ぬ気持ち悪さをガチガチと震える恐怖の音を殺せずに見るしか出来ない男は、無様に尻餅をつく

びたり、びちゃり。小夜がゆっくり近づく音が仲間だった物の色を踏み付け波紋を起こし迫ってくる


どうしても生きて組織から抜けたい。その気持ちが男を情けない恰好のまま背後へと下がらせていき、幸運なことに利き手に故人の拳銃が当たり反射的に小夜へ銃口を向けた

幸運を生かすつもりだが、笑顔のまま人を殺す悪魔に植え付けられた底冷えする死への恐怖は根深く、銃口が馬鹿にしたように震える

銃口からも心からも恐怖は消えそうにない。だが男は恐怖を吹き飛ばすつもりで彼女の動揺を誘おうと、最後の足掻きをし始めた


「お、い…!中原、中原小夜っ止まれぇえ…!」

何故か小夜は止まった。笑顔が一瞬だけ色を変えたが男は気付かぬまま、好機だと表情に僅かに余裕を浮かべ震える声を張り上げた

「はは…っ中原中也の女になって余裕かよッ野郎の元に帰る前に死んじまえよ…!」

「…」

「て、テメエだってこんな糞みてえな裏の世界で幸せな家庭なんて築けるわけねえって知ってんだろ!?だから、抜けるんだよ!家族の元に!俺は帰るんだよ!」

男の必死な想いは表の女ならば心に響いたことだろう。だがこの女は馬鹿にするように嗤い正論を突く

「どうせ表の家族も始末されるのだから、初めから表に夢を見なければよかったのです…ふふ、馬鹿ですねえ」

「な…」

呆けた男が激昂に表情を変えた瞬間ーー風が吹いた。だがすぐに風を追いかけるように肘から先が宙を舞い、痛みを感じる前に大量の血のカーテンが男の視界を妨げた

背筋に冷たい脂汗が伝ったと同時に心臓を抉り出したいほどの強烈な痛みが全身を駆け巡り、喉が裂けんばかりに悲鳴が轟く

痛みで訳も分からない男の涙混じりの絶叫が、何か硬い物を砕いた嫌な音と共に金平糖みたいなお菓子がアスファルトに弾かれる音がしたと思えば、くぐもった色を交える


うつ伏せのまま諦念を浮かべた瞳は白い星屑を見つけた。それだけが救いだった

荒っぽく肩を蹴り上げられ仰向けを向かされた男は、闇夜でも黒光りする拳銃を向ける小夜が相変わらずの笑みを浮かべたまま、淡々と弾丸を放ったのを他人事のように見つめた


最後の最後に浮かぶのは…裏切った道連れに殺されるであろう暖かい家族の姿

明るい未来など…目の前の悪魔が居る限り何度生まれ変わっても笑顔で握り潰される。そうしてこの悪魔は偉い悪魔と幸せになるのだ。なんて酷い世界なんだろうか
(人間の…住む場所じゃあ、無い)


正確には悪魔では無くマフィアの狗なのだが…

男が完全に生命活動を終えたと認識し弾数を確認しながら、太腿のホルスターへ戻した小夜は今までの笑みが剥がれ落ちる

硝煙の香りと血の匂いが染みついたこの場から足音無く抜け出しながらも、自身が動揺した案件に純粋な悩みを設けてしまう


「中原…中原小夜…」


ただフルネームを呼ばれるだけで地味に反応しているなんてばれたら怒られる。そうは思うが、もう式後半年は経っていても反応してしまうのは如何なものか

小夜は小さく呟き身を清めた。それだけで楽しそうについてきていた赤い足跡はぶつりと途切れていたが…当の本人は眉を寄せ難問に遭遇した学生の様に頭を悩ませる


「どうして…慣れないんでしょうか」

名字が気に食わないという訳では無いんですが…と言い訳をつけた小夜は困った顔をして、能力も使わずに徒歩で時間を稼ぎ帰路へと着くも答えは出なかった




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