文豪ストレイドッグス

□苦い世界でテメエとダンスを
1ページ/3ページ



夜行性の生き物に「明日九時には起きて準備を整えておけ」と言われてもどれだけが実行できるだろうか

少なくとも小夜はオフ日にそんな事言われても眠り続ける。実際に元上司だった中原が彼女の生態を知っていなければ、本気ですっぽかしていた事だろう


地味に約束の時間をすっぽかそうとした小夜に怒りを見せる中原の運転は少々荒い

カーチェイスをしてる訳では無いのだが遠心力で体をもっていかれるのは寝起きには酷すぎる

「中原さん…っこれ異能力使ってますよね…!?悪かったって謝ったじゃないですかッ」

「うっせえ!」

近場のショッピングモールについた時に両者の疲労具合は小夜の能力を使わねば動けない程だった

はしゃいでいたのだろうか…両者ともに否定するだろうが、半年ぶりに会えた事に喜びを感じない訳も無く…


私服だろうと外さないお洒落な帽子のずれを直した中原は隣にいる小夜へ手を差し出す

もしこれが一般的な女性ならば頬を染めおずおずとか細い手で触れてくることだろうが、小夜は顔を顰め迷惑そうに言うのだ

「乗車賃をせびるつもりですか。中也さんの方が稼いでるのにケチですね」

「どうしてそうなるんだよ。金じゃねえ!手だ、手」

「手…?手なんか乗せるのが乗車賃代わりなんですか。その…変わってますね」

「馬鹿言ってんじゃねェぞ。テメエから金なんて取った事あったかよ。生活に困った事なんてねェから安心しろ…いいから手ェ出せ」

馬鹿小夜はやくしろ。渋々小夜が中原の掌にポンっと手を乗せる

だがそれは中原が想像する指先が触れ合う甘い物では無く…寧ろ本物の犬が手を乗せてきたような

自身の手を見下ろして中原は怒りが吹っ飛ぶほどの彼女らしさに顔を綻ばせて声に出し笑った

「だっははは!ーー何で”お手”してんだよッ」

「だって手を出せって…」

「いや…小夜に女らしさを求めた俺が悪いな。いいか、手を繋ぎたいから手を出せ」

ここまで言えばお前でも意味は理解できんだろ、と楽しそうに笑う中原と正反対に一気に顔を紅潮させお手のポーズのまま固まる小夜の姿が異様だった

いつもの調子で「馬鹿な事言わないで下さい」と返ってくるとばかり構えていた中原にとって予想外でもあった


自身だって自覚したのは最近だったが、まさか小夜もそうなのか。長年一緒に居ても小夜が赤面する姿などまず見た事が無い

それこそ恋愛対象として彼女が相手を見る時恐らくこうなるであろう姿が、今…中原に向けられているということ。之即ち…

(…脈アリ?)






御目当てのガラスのローテーブルと大き目の額縁を複数購入し、小夜の異能力で包装や段ボールを除いた中身だけ中原の部屋へ送る

額縁なんて使う祝い事でもあったのか小夜は聞きたかったが、どうしようもない緊張で言葉にならない

初めて人を殺した時なんて比較にならない程に緊張し心臓が中原にまで届いてしまうと小夜は気が気ではない


(この人…こんなに距離を詰めてくる人でしたか。私が意識しているからそう思うだけでしょうか)

能力を使い終わったのを確認すると後処理を店員に押し付け、さりげなく固まる小夜の手首を引き移動を始めた

決して引き摺っている訳では無く小夜の歩くスピードに合わせているのが、普段の早足加減と比べれば一目瞭然

どうして中原がこんなにも小夜に触れて彼女の意思を尊重しているような態度を取るのか。まるで大切にされているようだと小夜は恥ずかしくて堪らない


ーー当然。中原は小夜の困惑やら恥ずかしがっている姿に気付いている

気付いた上で彼は人生で一番気を使い、小夜が羞恥心で逃げださないギリギリのラインを見極めて攻めている

最初は手を繋いでいたのを…手首を引くスタイルに変えたのも小夜が緊張を和らげる為でもあった

「なあ小夜ちょっと煙草吸ってくる。数分待てるか」

「……ッ」

「…おい。俺の話を無視するなんざいい度胸だな馬鹿小夜が」

今までの優しさが嘘のような強さで小夜は頬を摘ままれ、突然の事に緊張が弾け飛んだ

「ひゃいっきいてまひた!」

「よし。じゃあ喫煙所の前のベンチで大人しく座って待ってろ」

「ひゃい…」

最後に小夜の頭を荒っぽく男らしい撫で方で彼女を呆けさせると中原は口角を上げ喫煙所へと身を滑り込ませる

あの撫で方は恋愛感情を知るよりもずっと前から褒めてくれる時にしてくれた撫で方だ

小夜の緊張に凝り固まった体をほぐすには最適であるやり方を熟知している…小夜は何とも言えない溜息をつきノロノロと指定されたベンチへ腰掛け休むことにした


「本当に中也さんは何なんですか…っ」


多少頬の紅潮が取れたといえど、傍から見れば恋に悩める少女と言ったところだ。部下である時は小夜が中原を振り回していたというのに今日の二人は立場が逆転している

振り回されて嬉しいと思えるほど小夜はお淑やかでは無い。心の底では仕返しを考えているというのに勝手に緊張する体が悪いと拗ね始めた

笑顔が武器も同然だと組織内では言われるがそれが今や不機嫌丸出しで、殺意は出してはいないが人を寄せ付けない雰囲気を晒す


だが飼い主の命令は絶対だと体に染み込んでいる為かこの場を動こうとも思わないのだ

一般人は「冷房が効きすぎた場所」として喫煙所と廊下を早足で去る。だが喫煙所内に居た中原には手に取るように分かる小夜の変化が面白くて仕方ない


思わず煙が咳を招き体を九の字に曲げて咳をしている間に表世界の馬鹿な人間が、小夜に話しかけるというモール史上最悪の事件を起こしてしまったのだ




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ