文豪ストレイドッグス

□苦い世界でテメエとダンスを
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月にブラインドがかかるように厚い雲が空一面に敷き詰められている。暗殺には最適な夜だ

ビルの谷間に隠れて息をする黒蜥蜴の面々は神経を尖らせ、上司の言葉を一字一句逃さぬように耳に全集中を集めていた


暗がりに消えていきそうなほどに穏やかな女の声。だがこの場にいる誰もが彼女が上司である事を認め、彼女の作戦に反対意見を持っている者はいない

敵に回したら恐ろしい異能力と圧倒的武力。ほんの少しの味方の背を押す言葉

飴と鞭にまんまと引っかかった黒蜥蜴は小夜に個人差はあれど信頼を寄せるのが当たり前になってしまっていた


「広津さん、銀さん、立原さん。以上三名が各リーダーとなり三つの班はバラバラに行動して下さい。出会う人間すべてを殲滅し朝日が昇る前にもう一度この場所に戻ってきて下さい」


暗闇に溶ける黒服の部下達が音も無く頷く。ここで声を出すのは愚か者がすることだと以前小夜に指摘された以来指示を守っているのだ

部下達の同意が見えた小夜は彼等に綺麗に笑い飛び切りの飴を与える

「…あなた方は誇って良い。この半年の間に格段に殺す力も生き残る力もその身に染みつかせたのは…紛れも無い黒蜥蜴の一員としてのあなた方のプライドです」

「さあお披露目の時間ですーー誇りを持って任務を遂行させましょう」


もしこの場が見えない努力の血が染み込む訓練場ならば雄々しい雄たけびが反響しただろうに

残念ながらそれは出来ない。だからこそ…小夜の言う通り任務を完遂させることが彼女へのお返しになる


熟練した暗殺者の足の動きで三班は別ルートへ別れて今日も人を殺す

ーー小夜が中原中也から離れて半年が経つ…ある日の話だ











「いやぁお疲れさまだね小夜君。絶好調だねぇ!想像以上だよ」

「勿体無きお言葉です」

報告書と共に任務の終了を伝えに行くと何時にも増して機嫌の良さそうに笑みを零す森鴎外が小夜を褒め称えた

頭を垂れる小夜にこれまた嬉しそうにする鴎外だが僅かに考え込む姿を見せ、彼女は頭をあげ言葉を待つ

「でもちょっと働かせすぎちゃったかな。ここの所黒蜥蜴に仕事を回してるもんだから全然休みが取れていないよね…」

「確かに休みは一月に三度あるか無いかという所です。私は大丈夫ですが、部下だけでも少し休暇を与えて下さると嬉しいのですが…」

「そうだね…いやあ、だって君達はスピーディに任務をこなしてくれるから助かっちゃって!でも少しは休暇を増やそう。勿論小夜君も、ね」

「いえ私は疲れておりません」

「嘘を言っちゃいけないよ?」


鴎外が自分の目元を指先で叩き、小夜に薄く出来た隈を指摘する

(流石に…お医者様は騙せませんね)

誤魔化す様に微笑む小夜の姿に…何故か意味有り気にニヨニヨと嫌な笑みを浮かべる鴎外。彼女が引いていると気付かず、だが地雷を踏むことは忘れはしない

「中也君もどうやらあまりいい睡眠を取れていないみたいなんだ」

「中原さんがですか…?」

小夜が思い出す中原といえば、ベッドに潜り込み彼の腕の中に小夜が入って来ても目覚めず朝になって驚く彼の姿を何度も見たくらいだ

酒が入れば少し浅くなるが、それでも深く寝入る傾向が強い中原が睡眠障害を起こすなど小夜には信じられない

「別に睡眠障害という名前がつくほどの物ではないよ。でも…もしかしたら彼は、私でも匙を投げてしまう病を患ってるかもしれない」

「病…あの人が…取り返しのつかない馬鹿になってしまわれたのですか」

「ぶふ…っ」

机に伏せて肩を震わせる鴎外のツボに入ったらしい。どうやら大した緊急性はない病だと分かり小夜は浅く息を吐いた

「馬鹿とか…っ小夜君から見たらそう思っても仕方ないかもね。んふふ」

(馬鹿になって眠れなくなる病?…聞いた事もありません。それに医者が匙を投げるって…中也さん、何事ですか)


思わず物思いに耽ってしまう。だが鴎外が何かを言おうとした時、勢いよく開かれた首領の自室のドアから天使が現れ、鴎外が首領の仮面を脱ぎ捨てる

デレデレと雰囲気も顔も声もハートマークを散らし、西洋のビスクドールが具現化したような愛らしい少女の名を叫ぶ

ひとつ言っておくが少女は鴎外の娘では無い…つまりはそういうことだ

「エリスちゃああぁぁあんんっ」

「ーー小夜っ」

エリスと呼ばれる十歳程度の少女は赤いドレスとリボンをつけ、愛らしい声で小夜を呼びそのまま腰へ抱き付いてきた

崩れ落ちる鴎外を無視し、汚れの無い子供特有の笑顔を振りまくエリスは小夜の腕を引き、ぐいぐいと自室へと移動させようとする

「ねえ小夜、ご本よんで?」

「しかしエリス様っまだご報告が…」

「リンタロウ!小夜と遊ぶわ」

「…うん。エリスと遊んであげて小夜君…」

雨雲を背負う鴎外に後押しされ小夜は鴎外を気にかけ何度も振り返りながらも、決して幼女の腕力に抗う素振りは見せずに、エリスの自室へと足を踏み入れた










「…しかし…中也君が恋煩いねえ」

パタリと音の止んだ執務室で鴎外が含みのある言葉に息を吹き込む。エリスの部屋へと消えていった中原の想い人は彼の想いなど知りもしないだろう

ましてや彼女が自覚しているのは狗と飼い主という関係だけ。どう恋愛に発展するだろうと思うのだが…

「でも、案外簡単に事が運んだりしてね」

チラリと二人が消えたドアに視線を向け、楽しそうに笑う。数十分後に真っ赤な顔をした小夜が走って退室するとは思いもせず、鴎外は書類に手を伸ばした







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