文豪ストレイドッグス

□苦い世界でテメエとダンスを
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百戦錬磨。勝負事において負けは気に食わない性質な中原は任務は勿論だが、プライベートに関して女性関係は負けしらずなのだろう

身長は低めとは言えパッと見の細身の男性という印象は、脱げば無駄な贅肉が見当たらず引き締まった体を晒し、そういうギャップに落ちる女は多いといつだったか自慢していた


確かに整った顔立ちだと小夜は思う。目付きは悪いが挑むように釣りあがり、口元を上げれば…隠し切れない裏の人間臭さを零す危うげな雰囲気がある

夜のバーで一晩限りの関係を求める女がそそられる危ない香りでも発しているのだろうか。だとしたら数多の血を薄め彼の愛用する煙草の匂いを混ぜた香りだろう


一夜限りの関係と割り切り慣れている筈の女性ですら幾人も虜にする魅惑の男が花ならば、間違いなく根から花まで毒花だ

日が当たる所では芽すら出さない。当たろうとも考えないそんな花はいい意味でも悪い意味でも人を惹き付ける




だから驕りでもあったのだろうか。彼はとても自信があった

つい先日に一番の部下から、実は上司を心底信頼しており中原にどこまでついて行く道の邪魔をするなと本音を暴露された。当然その言葉に中原は心を打たれる

そして彼女の暴走を止める最終手段としての事後承諾ならぬ事後提案されたキスを受け、寝入った彼女に自らキスをしかけていた


そこからは…女にモテる経験が豊富だったからこそ拙すぎるキスしか知らない小夜に、技術を直々に教えてやろうと言う思いが強まっていく

あわよくば喰えるものなら喰う。キスしてきたのはそういうことも考慮してのことだろ、と下衆な大人は思ってしまう

ついでに中原にそういった意味の従順な小夜の姿を想像し「アリだな」と思っていた。関係のあった女達に「最高の夜だったわ」と言われた記憶も中原を調子付かせていた


(一から自分好みに育てるって何て言うんだったか…ああそうだ。光源氏計画だったか…年は一応俺より下だし、いいよな)

ひとつの一興だと機嫌良く煙草をふかした中原は半分ほど残っているソレをアスファルトへ捨て火を踏み消す

足蹴にした煙草などもう記憶に無いようにまっすぐ向かう先は…決まっている









「いやほんとごめんなさい。勘弁してください」

嫌々と首を横に振って断りを述べる噂の部下の中原のプライドにヒビが入った音がする

ノーセンキューと続ける小夜にキレながら八つ当たりをする中原の言い分は、恋人と思っていた相手が実は相手はそう思っていなかったことに逆切れする女の様に苛烈だ

「あ”あん!?テメェが先にやってきたんだろうが…仕返して何が悪い。あわよくば手を出してやろうと思って何がワリィんだァ!?」

「うわ流石中原さん、ゲスいです。でも本当にお断りします、ノーセンキュー!」

ドン引いて口元でバツ印を作り、鬼の形相で迫る中原から容易くキスされまいと必死に守る小夜は何度も「ノーセンキュー!」と訴えるが、怒りを煽るだけだ

「何がノーセンキューだ。ガキじゃねんだから野郎にキスしたらこうなる位わかってんだろ。ついでに嫌がる小夜の顔を見れて最高だろうがッ」

「本当に尊敬する程えげつないです中也さんッというより女に飢えているんでしたら、どうぞそういう女性と最高な夜をお過ごし下さい…!」


ニコリと浮かべる余裕も無い小夜は青褪めぶんぶんと首を横に振り拒絶するばかり。上司と関係を持つなどありえないではないか

寧ろ中原に変なスイッチを入れてしまった先日の自分の行動が間違っていたのだろうかと、その時の自分を小夜は殺したくなった


怒りを飛び越え不穏な眼差しを向ける中原が、ずいっと鼻先が触れる程近くに近寄り、小夜は見た事も無い上司の眼の色に少しだけ体を震わせる

小夜はこの人のマフィアらしい残虐な瞳が好きだ。だが目の前の中原はその成りを顰めひとりの男として迫っている気がしてならない


ほんの僅かに怯えを見せた小夜の眼に中原が見逃す訳がなくニヤリと口角をあげ、二人を隔てる小夜の指へキスをして離れる前に中原は部下の様子に楽しそうに眼を細めた

「…長年共にいるっつーのに、たかがキスでそこまで怯えるとは思わなかったぜ。敵に捕まったらこんなモンじゃねえのに…どうすんだテメエは」

「女なんて食べ飽きる程喰らってきたというのに、何故…」

「だからテメエは男を知らねえって言うんだよ。野郎なんてな、簡単な生き物で…小夜が気まぐれにキスしただけで妙なスイッチ入っちまう」

中原の男うんぬんの話にわなわなと震えていたが止まり、何故かその瞳から一切の怯えが見えなくなった

口元を隠すバツ印の奥で薄く笑ったのだろう。訝し気に眉を寄せた中原を迷いの無い無垢な眼が貫く。やけに自信満々な言葉にスイッチがオフになりかけそうだった

中原はマフィアとして優秀な部下が今世紀最難関のお堅い女であることに漸く気付く


「ーーならば一物を切り落としてしまえばいいのです」

「…はァ?」

「大丈夫ですっ龍さんの四肢を切断する切り口が非常に綺麗だと本人に褒められた程ですから、中也さん安心して下さい!」


とんでもないことをえげつない笑顔のままいいやがったぞコイツ…

小夜はバツ印を作っていた手で思考停止中の中原の両手を握り、有権者に媚びを売る候補者の如く上下に手を振る

カクテルをシェイクしすぎるような上下運動に…ぶんぶんと体を揺らされ中原の脳内では「最高の夜をうんぬん」伝説がパリンと割れる音だけが響いていく


上司の「女になんて振られたことないぜ」伝説やらヨコハマの夜の女達を散々泣かせ捨てた男の連勝記録は、愛すべき部下によってここでストップする

…普通の女だったらキス処かベッドまで連れ込めた栄光ある雰囲気を醸し出す達人だった自信が足元からポッキリ折れる気がした

(俺の、俺の口説きテクが…まったく通じねえ…!)




中原は無自覚の様だが彼の名誉のために説明させて貰おう

彼が部下へ行ったのは脅迫であり悪質なパワハラかつ同意も糞も無い最悪の口説きだった

「キスさせろオラァ!」「ノーセンキュー!」その二言で最悪な現場の状況説明は十分だろう



ーー中原中也…人生で初めて女(部下)に振られた最悪の日の話である





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