文豪ストレイドッグス

□苦い世界でテメエとダンスを
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月も恐れ慄き黒い雲へ逃げ隠れ、光さえ届かない細い路地裏には…山があった

廃墟のビルとビルの間に安い絨毯が敷かれているように、生臭い液体が砂時計の代わりに人であった物から滴り落ちる音が静かに響く


新鮮な血の匂いはきっと朝日が昇る頃には表通りまで届いてしまうだろう。そうなる前に別の個所を担当してる上司の元へ行かねばならない

ならないのだが、足が動かない。決して戦闘で傷ついた訳ではないし格下にそんなヘマをするほど優しい女ではないのだから


女はよく笑う人間だ。潰れたトマトが積み重なったような元人間の成れの果てを見下ろしながら、恍惚の笑みを浮かべているのだ

まだまだ見ていたい。体の正面を返り血に染め上げた女は上司との約束を忘れ、ただただ見入る


恐怖で固まった顔の壮年の男。顔の原型がわからない文字通りに潰れたトマトになった新人。屈強な肉体を持つ浅黒い肌の男も、皆みんな死んでしまった

殺されてしまった。死んだ彼等は制裁を受け苦しみながらなすすべもなく震える銃口を女へ向け発砲したというのに


「ふふふ…」


恋する男から愛の言葉を貰った少女のように可憐に笑った女を、ぐるりと透明な膜が覆い数多の鉄の雨が無理矢理廃墟のビルの壁へ幾百も飛び込んでいったのだ

普通の人間なら蜂の巣にされたであろう状況でさえ、普通じゃない女は貼り付けた笑みを興奮したように歪め、焦燥にかられる男共へ優しく言った


ーーお返しします


あの瞬間蜂の巣になったのはどれだけいただろうか

一瞬で死んでいった仲間の姿に我が身を重ね、自然と退いていく足は叫ぶ暇さえ与えられずに、喉元を視えない鋭利な風に切り裂かれ虚しく膝を折った

血の絨毯が出来た後で、わざわざこの女が不可思議な能力を言葉巧みに操り、潰れかけの人間を山のように重ねたのだ。そこでもやはり女は楽しそうに笑う


いまこの場に女以外の生存者がいたならば…この言葉を顔を顰め言う事だろう



「ーー悪趣味だなァ?小夜」


突然女には聞き慣れた声が上から投げ掛けられた。反射的に上を見て初めて女の…小夜の顔が引き攣る

だがそれも一瞬のことで取り繕った笑みが現れ、興奮が掻き消えた落ち着いた声で…小夜が約束をすっぽかした件に青筋を立てた上司へひと欠片分の謝罪の気持ちを込め言うのだ

「きっと上司に似てしまったんですね」

「ほお。難儀な上司を持ったんだなテメエは」

「本当ですよ、出来ればあと二時間はこの場で見ていたいところでーー”中原さんから守れ”」

瞬間ーー轟々と空気がうねる嫌な音が聞こえた

経験上避けるよりも能力を使った方が得策と判断した小夜は、先程よりも何倍も強く透明な膜を張り上から勢いよく下りてくる上司を見上げた


部下がサボリをきめていた時上司がその何倍も働いていた。その怒りがアスファルトを容易く砕く上司の蹴りと共に小夜の脳天を貫かんばかりに迫る

だがそれは透明な膜に僅かなヒビを入れるだけで止まり上司は隠す気も無く盛大に舌打ちを噛ます


小夜が薄く冷や汗を掻きながらもガツガツとヒビを広げようとする上司の暴挙に守りを固め、怒りが去るのを待つことにした

「糞が…ッ糞小夜ッいいから能力解けコラァ!」

「嫌ですけど。それより中也さん、一応この膜は銃弾弾く代物ですよ。蹴りでヒビ入れるって…やんちゃが過ぎるんじゃないですか?」

「どの口がそれをいえる立場だ?任務の仕事配分が何で上司の俺が半分以上片付けてるか分かるか、ひとり砂場で小山を作って遊ぶ糞ガキがいたんだよォ」

「年功序列を重んじるマフィアに相応しく中原中也さんに責任重大な役目を押し付けただけですけど。上司思いですよね」

「年功序列の意味を逆に覚えてるんだろ。普通は下っ端が働き蟻の如く動くっつ、ってん、だろッ!」

火に油を注ぐ小夜の言葉に上司…中原中也は怒りを倍増させ、ヒビを広げる足に重力を乗せて蹴りだけで内臓を破裂させるその威力を惜しみなく披露する

するとパリ、とヒビが広がるか細い音が聞こえ、上司は笑い部下は嫌そうに顔を顰めた



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