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□オリオンのままに 39Q
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祭典に相応しい澄み切った青空。開幕を告げるアナウンス
溢れんばかりの人の波が賑やかに、活気づいた声に誘われ、思い思いに揺れ動く
楽し気な声が飛び交うとある屋台に並ぶ他校の女生徒達がパンフレット片手に笑顔で話し合う
「ねえどの喫茶店にいく?」
「やっぱり洋コスの方でしょう!確かにごちゃ混ぜの方も捨てがたいけど…」
「やっぱりどっちも行こうよ…!写真撮影は全面許可でてるって腐の会合で言ってたし、撮らねば腐女子が廃る…っ」
「あー…なんでうちらは帝光じゃなかったんだろ。腐の最先端を行く方針だと知ってればなあ」
「いまさらでしょ?あ、あとドS攻めクッキーも気になるから行こうね!」
きゃいきゃいと興奮を撒き散らす少女の横を通り過ぎる影。一通りの会話を盗み聞きした影はふ、と微笑み同胞に向け歓迎の言葉を送る
「ーー束の間の楽しい夢をお楽しみください」
少女達が不自然に聞こえた声に振り向くが、そこには影はおらず、首を傾げた
ーー帝光祭、開幕
* * * *
祭り特有の活気づく本館から離れた特別応接室は静まり返り、緊張に冷や汗をかく校長がせっせとタオルで拭っていた
その原因といえる人物は気にも留めず、出された紅茶を眼を閉じゆっくり味わう
毛の長い絨毯に光沢の帯びた革靴。四肢の長さを際立たせる濃紺のスリーピース・スーツ
そして、赤い髪。スッと開いた瞼の下にあったのは髪と同色の鋭い物で、視線が合った校長の身は竦み上がる
壮年の校長に比べれば半分も生きていない若輩者だというのに、妙な威圧感がある。無駄に整った顔立ちに嫉妬する暇も無く、ただ恐れた
ティーカップを置き鋭い眼光とは裏腹に人の良い笑みと口調で青年は感謝を述べた
「突然の訪問にも関わらず美味しい紅茶を頂けて感謝してますよ…校長先生」
「い、いえ。こちらこそ大した歓迎もできず、申し訳ございません…赤司様」
赤司、と呼ばれた青年はニコリと返し再び眼を閉じ紅茶を一口
視線が合わなくなるだけで校長は生き延びた気分になって小さく震える息を吐く
近年噂される赤司家の当主が代替わりするという話は事実であるらしい。挨拶回りやこういったイベント事に青年が現れる事が多くなってきたからだ
(ご当主とは違った意味で読み難いお方だ…)
紅茶を飲む姿でさえ絵になる男だ。所作や当たり障りの無い会話をこなす彼は所詮、完璧な人間にあてはまるだろうか
流石赤司家の英才教育…といいたい所だが校長の頭にはもう一人の赤司の人間を思い出す
(…問題児の赤司家の人間だがな)
「そういえば、弟はご迷惑をおかけしていませんか」
「え、ええ…」
考えていた事が読まれたように話題をふった青年に心臓が冷えた
手に汗が滲むのを隠し、取り繕ったその場しのぎの口頭と笑みで誤魔化す
多額の寄付金を提供するスポンサーの人間を貶す事など、校長にはできなかった。自分の地位を守りたい彼には、できる筈も無い
「赤司征十郎君は大変優秀でして文武両道を地で行く優等生です。いやぁ我が校始まっての秀才ですよ」
「…ほう」
ティーカップをソーサーに置き、声色を尖らせた
柔和な笑みは形を変え、威圧感を滲ませる息を呑む笑みへと切り替わる
校長は背筋まで冷えていく感覚にごくり、と唾を飲み込む
「では…日常生活において征十郎はいかがなものでしょうか」
「そう、ですね…友達と非常に仲がいいですね。周りにも慕われて、男女問わず人気があるようです。品行方正といっても…っひ」
青年が突然行儀よく座ってた足を崩し、組む。背凭れに凭れ腕を組む姿に見下ろされ、思わず悲鳴が飛び出た
悪魔でもみたような顔の引き攣り具合に動揺もせず凍り付く笑みを浮かべる青年に泣きたくなる。年甲斐も無く、だ
「…貴方の言葉は嘘ばかりだ」
氷より冷たい言葉に校長は思考が止まる。地位が、金が、失われると漠然とした中でも想像がつく程に…突き放された言葉だった
「第一に成績では藍澤家の嫡男が常にトップである事は我々は知ってる。第二に友達の域を超えた関係を築いてることも、だ」
ギラリと赤い眼が鋭い光を纏う
彼の怒りを買ったのだと校長は悟る…既に後の祭りだということも
「品行方正ならば彼氏の家に入り浸る訳が無い。数日ならまだしも…一年だ。それが現在進行形…ハァ」
どこが貴方の言う言葉にあてはまるのか問いたいものだ
そう吐き捨てられ慌てて頭を下げ謝罪を述べた。そう簡単に治まるとは思えないが言わねば間違いなく自分の首が飛ぶ、それだけはわかっていた
「っ申し訳ございません…!」
「…いえ。この話はもう終わりにしましょう。貴方を責める為にこの場に来た訳では無いのだから」
幾度目かの紅茶を口に含む。冷めてきたそれはとても美味しい物とは言えない
秀麗な顔を僅かに顰め無理矢理飲み干す。恐る恐るこちらを伺う浅ましい姿を隠すようカップを傾ける
底が見えたカップの様に目の前の人間が消えてくれればいい、と本音を隠し、ひとつ理解した
(無能な豚の口上を聞こうとした俺が悪いや。さっさと本題済ませて弟ちゃんのコスプレみにいかなきゃ)
落ちた機嫌が跳ねあがるのを顔に浮かぶ笑みに表し鞄から「頼まれた物」を取り出し、テーブルにそっと置く
訝し気にソレを見る校長は視線で本題の切り出しを促すのをスルーしつつ言い切る
「このDVDを景品に紛れ込ませて下さい」
「あの、失礼ながら普通のDVDですか?成人向けの内容でしたり市販化されてる物は…ちょっと」
「ご安心を。健全なる中学生諸君におすすめできる良い品です。もしかしたら英語の勉強にもなるかもしれませんね」
「ほう!ならば構いません。ええ、参加賞でよろしいですかな?」
英語の勉強。決して嘘ではない
なぜなら全編英語なのは真実なのだから。そしてコレは天辺を勝ち取った人間が見るべきものだ
分かる人がみれば「お宝」だと叫ぶこのDVDを底辺が見たってしょうがないのだ
青年は首を横にふり素直に要求する
「いいえ。一位をとった人にいくように手配をして下さい」
「か、かしこまりました」
壊れたロボットのごとく首を縦に振る姿を見届けると鞄を持ち席を立つ
慌てて立とうとするのを手で制し、ありきたりな別れの口上を流して応接室を出た
最初の頃にはあった筈の優しさは影も無く…背筋よく伸びたまま部屋を出るその背中に「お前はもう用済みだ」と無言で告げられた気がした
ぱたん
完璧に閉まったのを音で確認してから青年は体中の酸素をストレスと共に吐き出す
取り繕っていた笑顔の仮面を破り捨て、だらしなくも大きな欠伸をひとつ
「あー…引きこもりにおつかい頼むなんて”あの人”はホント鬼。こんな日の高い時間に活動させるなんてさぁ…弟ちゃんのコスみないとやってられないよ全く!」
人がいない事をいいことにぐちぐちと文句をマシンガンのように言う青年は容赦がない
あの人は父親の事では無いが父親よりも正直仲がいい。だから今回のおつかいにも文句を垂れながらも来たのだ
鞄から帝光祭のパンフレットを取り出し広げる。大きく赤丸がつく場所には弟がいる店だと迷惑にも主張
だが営業時間内にいけるかどうか…
「挨拶回りを全て十分以内に終わらせればなんとか…」
ブツブツと口に出しつつ早足で廊下を抜けていく。丁寧にパンフを折り畳み鞄にしまう
ひきこもりらしからぬピンと伸びた背筋に背負う重い、赤司の名
…彼が、すべてを知り見届けた、影の立役者
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