2
□オリオンのままに 37Q
1ページ/3ページ
違和感はあった
物忘れに近い現象なら誰にでもあると首を傾げるだけで気にも留めなかったけど
「あれ…」
違和感の始まりは黒いシーツの上で目を覚ました時だった
妙に体に纏わりつく倦怠感と慣れてしまった腰痛。随分愛されたものだと綻ぶ口元を隠すようにシーツへ顔を擦り付ける動作をふ、と止めた
気怠さの原因を映画の予告を見るように脳内で見返すのは赤司の至福の瞬間だというのに…
「…なにも、思い出せない」
ーーなにも思い出せない。情事の一切の記憶が
混乱を極め嫌な予感に体の不調が吹き飛ぶ
弾かれたように起き上り生まれたままの姿で部屋を飛び出し、赤司の代わりに朝食準備をしてるアキラの背中へしがみ付く
突然のことに声が上擦った様子だが恐怖に震える赤司の旋毛を見下ろし、料理を中断してまで慰めに徹する
「どうした?寂しかったか」
茶化す声色は確かにアキラのもので。確かにこの人に愛された昨日があったはずなのに
声も表情も感触も温度も言葉も、全部全部…切り取られたように思い出せない
その事実がどうしようも無く怖くて不安で、震える体を押し付け額をぐりぐりと寄せる
すべて忘れてしまうのではないかと不安でいっぱいだった
「…アキラ、あのね」
弱弱しい声で呟く。昨日の夜を覚えていない事を
「は?…まぁ、結構酷くした覚えあるし覚えてなくても仕方ねえだろ」
「そんな…俺はどんなに乱れても細部まで記憶してるのが自慢だったのに!」
「あー…それは残念だったな、うん」
アキラは中断していた料理を再開させ、慣れた手付きでハムを切り分け、行儀悪くも背後の赤司の口元へそれを運ぶ
背に埋めていたしょぼくれた顔をあげ命じられるまま口をひらく
「ほら、あーん」
「あーん…ハァ…酷くされたなら尚更覚えてたかったなぁ」
好物を喰い損ねたように未練がましく訴える赤司に苦笑いを浮かべつつ、思い返した違和感をさらりと口に出す
「そういや昨日のセイジュは喋らなかったな」
「は?俺が?喘がなかったと!?」
心底信じられないと声をあげた。アキラは切り終えた材料を皿に乗せる手は止めずに不思議そうに状況を口にする
「喘ぎも喋りもほぼ皆無だった。俺が勝手に反抗的なプレイなんだと思って調子のって無理矢理声を出させたって所か」
「…それ本当に俺?」
「ふは、俺がセイジュ以外抱く訳ねえだろ。それとももう一人のお前でも抱いたって言うのかよ」
冗談めかした言葉の中に存在する≪もう一人の自分≫のワードに違和感のパズルがパチリと嵌った音がした
嫌な汗が素肌を滑り空調の効いた室内に触れ、体がぶるりと震えた
(”僕”が俺のかわりにアキラと…?そんな、こんな事いままでなかったじゃないか…きっと、勘違いだ。きっと、きっと)
ーーじゃあ消えた記憶はどう説明する?なぜ空白の時間ができている?
浮かんだ冷たい疑惑に冷えた体は耐え切れず、自分で付けた覚えのない爪痕の残る背中に縋り付く
「…っさむい」
「そりゃ、裸でいつまでもいるからだ。ほら、もうできるからこれでも被ってろ、な?」
「…バスローブのサイズ、俺にピッタリだけど…」
「お前がそのまま降りてくるって知ってたからな。俺が上から持ってきてたんだよ」
「……これ昨日俺きてた?」
「いや、着てねえ」
「そっか。うん、あったかい」
安心する香りが染み込むバスローブに身を包まれ、そっと顔を埋める。鼻先を押し当て、深呼吸すれば、漸く体が温まった気がした
.