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□悪食に三度お会い致しまして
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「太宰さんーー嫉妬?」

「……その笑み止めなよ。気色悪いなぁ」

「ねえねえ嫉妬? 太宰さんがつまんない事で嫉妬してしまうの?」

「する訳無いだろう、勘違いだよ。私はただ、そのこの世の物とは思えないほど似合わない浴衣等を好意で指摘してあげたんだよ」

「似合わない訳がないじゃん。乱歩が似合ってるんだからわたしも似合うんだよ」

 至極当然だと言いたげに続けて言う灯子を睨む。うるさいな。似合わないものは似合わないんだよ。そう言いたかったけれど、どうせ「嫉妬でしょ?」と繰り返してくるだけだろう。

不快感を隠さずに灯子を睨みながら舌打ちをする。すると飽きたのか知らないけれど、押し付けた林檎飴を開封して少し見つめた後に、外側の飴を小さな舌で子猫のように舐め始めた。

こっちはまだ怒っているのによく食べようと思ったよね、と文句のひとつを言おうと思ったけれど、そっと手を握られる感覚に言葉は骨ごと砕かれる。

「欲しいもの買ってくれるんだよね? なら行こう」

「……一個だけなら貢いであげる」

「うわ、ケチくさい」

 顔を顰めた灯子だったけれどすぐに頬を緩ませて私の手を引き、歩みを再開させようとする。

完全な女性特有の手にも満たない幼さの輪郭が残るまろい手。私とは違って節くれ立つ事は無く、綺麗な世界で愛し望まれて今日まで生きてきた優しく柔らかい手。

片方で私の汚れた手を引いて、もう片方で赤々と照る林檎飴を握る。何の遠慮も無く私の手を握る灯子に引かれて私は祭りの喧騒に飲み込まれていく。


 浴衣は本気で似合わないのに不思議な事に、手に持つ赤色が灯子に寄り添う姿は、私の記憶が絶対に忘れるものかとしっかりと焼き付けていて。

純粋に綺麗だと思えた。それは恋心とか愛だとか不純な理由では無くて、祭りが見せた私への応援の所為だと頭の片隅で声がする。

「行こう太宰さん」

 一瞬だけ。一瞬だけ、今なら灯子と心中してもいいかなって馬鹿な考えがふわりと宙に浮かんで、鋭利な針先で突かれてぱちんと弾けた。

私は苦笑する。そんな事、この心臓が止まってもある訳がないのに。私が灯子と死を共にするなんて、どうあがいても私だけが生き残る選択肢を選ぶ訳が無いのに。


「ねえ、折角なんだから綺麗に笑いなよ」

「はぁ? なら太宰さんが心から笑ってくれたらやるけど」

「いつも笑ってるじゃないか。心から灯子を馬鹿だなぁって思ってる時に私笑ってるでしょ?」

「あれは邪神の笑みだよ」

「まさかの邪神」


 しゃくり。灯子の歯が薄くなった飴を突き破り林檎へと辿り着く。

歯型がくっきりと林檎の白く瑞々しい果肉に残る。もごもごと頬を動かし頬を緩ませる灯子の横で私はそれを眺めていて。

ふと……私の心臓を食べられているんじゃないかって思えた。私の拳よりも小さな林檎飴は灯子の拳よりも小さいのに。なのにそう思えてくる。


 しゃくり、しゃくり。最後には芯がヒョロリと残る憐れな姿になるまで、私達はゆっくりと歩み続けた。

胸は何一つ鼓動を速める事はなかったのに目が離せなかった理由を私は祭りの間に見つけられるのだろうか。

何年も先になってしまいそうだと苦笑すれば、灯子が私を見て可哀相な物を見る目つきをする。本当に可愛くないと思った。


















 一個だけと言った筈なのに林檎飴やらぶどう飴、蜜柑飴などなど飴を制覇した灯子の頬を摘まんだ私は何も悪くないと思うんだ。

イカを奢るよりはそりゃマシだけどさぁ。どうなの? 胃の中飴だらけとか全然お腹いっぱいにならなくて結局夜中に私が作る羽目になる気がする。



 いま二人で長椅子に腰かけて暫しの休憩をしているけれど、人が一段と増えている気がする。そういえば祭りの終わり頃には花火をやると言っていた。

もうそんな時間かと思いながら、灯子が苺飴を大切に舐め上げている横で私は彼女の貢がれた物を確認している。

変形どころか怒り狂ったハリセンボンの如く膨らむ袋の中身は、子供の夢が詰まっていると思える物ばかりが貢がれていた。

「射的の景品っぽいお菓子に、よく弾む色付きゴム玉が三個……一番下にはたこ焼きにお好み焼き。あとは水鉄砲?」

 何かの景品らしい水鉄砲を取り出して持ち上げてみる。本物の銃よりも遥かに軽くて内部の構造が丸見え。模倣したのは自動式拳銃と呼ばれる横浜の裏でよく出回っている拳銃だろう。

グリップの部分と言い、形だけの安全装置や引き金といい、銃口もよく見れば似ている。だが中身は水を詰めればいいという世界で一番平和な銃と言える。

つい先日私に「殺してあげようか」と提案してきた灯子に乱歩さんが何故こんな物を貢いだのか。息をするように灯子の考えを見抜き練習用にでもと与えたのだろうか。


 乱歩さんって私と灯子の関係くらいもう見抜いているよね。何だろう。乱歩さんは自分が好きな子を奪い返すとか、奪い取った相手を完全に無視するとか何故かしない。

子供っぽい性格といえど所有物に手を出される事に寛容な性格では無い筈なのに。黙って見守るように、私に宣戦布告する訳でも無く、時が過ぎて私の好奇心が灯子から離れる機会を待っているような。

か細く灯る蝋燭のような思いを感じる。乱歩さんはどんな思いでこれを灯子にあげたんだろう。私には問いただす気持ちはないけれど、いつか分かるんだろうか。


 何事も無かったように袋に水鉄砲を仕舞う。つぎに目が奪われたのは、手付かずの林檎飴だった。

私が買ってあげた物とは違うとすぐわかった。私の横にいる間に散々林檎飴やらを食べていたのを見ていたから分かるけれど、灯子の好みに入るものだ。

好物は先に食べる派の彼女が放置する訳は何だろう。袋から取り出して未開封の林檎飴を片手に灯子へと尋ねれば、ぎょっとした後に難しい顔をして視線を逸らしてきた。

「何でこれ食べないんだい? 好物だろう」

「……」

「これさぁ、私が貢いであげるより前にこの袋に入っていたよね。乱歩さんから貰ったのなら我先に食べるかと思ったんだけど」

 黙ってちびちびと苺飴を削っていく灯子が勝手に黙秘権を使おうとするけれど、私がそんなの許す訳無い。色々脅しを笑顔でかけても頑なに口を割らない。

気まずい表情がチラリと私に助けを求めるけれど笑顔で切り捨てる。素直に言えばいい話だろうと言えば灯子の眉間は小さな山が出来ていた。

「ふーん。言わないならいいや。じゃあ贈り主である乱歩さんに直接聞いてくる」

「っ駄目!」

 喰い気味に灯子は私を止めてきた。ああ、これは乱歩さんから貰った物じゃないなと、後悔が滲む顔に変わる灯子を見て分かった。

しょぼくれたまま頭を垂れる灯子が苺飴を小さく吸う。ぐじゅりと潰れかかる苺から薄紅色の汁が垂れて灯子の指を下り、手首を伝い、袖口に隠れる様に吸い込まれていく。

視線で思わず追ってしまったが、口元は確かに彼女の口から真実を吐かせようとそっと尋ねる。がやがやと賑わう会場では私の声は簡単に埋もれてしまいそうだ。

「乱歩さん以外の誰に貰ったの? 社員の誰かかな。でもそれなら普通に貰った先から食べるよね。好物は先に食べる子だし」

「……」

「灯子の知らない人から渡されたなら絶対に貰わないよね。そういう所はちゃんとしてるもの。じゃあ誰だろうね。苦手だったり、嫌いな人から仕方なく貰ったのかな?」

 幾度も上流から下流へと流れ落ちる様に苺から汁が垂れていく。そこから視線を外せずに、問いただす。

最後の質問をした時に小さく雫がぶれて橙色の一部だけ濃い染みが出来た場所と違う場所にポタリと吸い込まれて色を変えた。明らかに動揺した。分かりやすい。

問題の林檎飴を膝に置いた私は、灯子の片手を掴みあげる。驚き見開かれる翡翠の目を見つめながら、肘から手首へと舌を這わせ、甘い汁を舐め取る。




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