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□悪食に三度お会い致しまして
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数多の出店が道路の端に列を成して立ち並ぶ。あちらこちらに目を配る子供のように忙しなく見ている私には、正直何もかもが眩しく見える。
夜なのに太陽の光に満ち溢れた笑みがそこら中に転がっている。甘い香りやしょっぱい香り、腹の虫とダンスを踊ってくれと誘う魅惑の香り。昨年とは違う出店と違う配置。
食べ歩きをしても怒られない所為で買ったそばから胃を満たし、祭りの熱に浮かされて幸せそうな笑みを浮かべる人々。狙った物を獲得出来ずに悔しがりもう一度財布の紐を緩める子供達。
視界に入る人達は半分以上が浴衣を身に付けていた。少し前に私の横を過ぎっていったカップルが、この祭りの終わり頃に花火も打ち上げると言う話を盗み聞きをしたからだろうか。
濃淡が違う彩り豊かな浴衣と趣味が別れる帯が一気に視界を埋めてしまえば、それが私を花畑へと引き込んだような錯覚にも陥ってしまう。
参ったなぁ。これが祭りの魔力って奴? 何もかもが違って見えてしまうなんて私らしくないや。
私が望まない生をこの場にいる全員が堪能している。何とも傲慢で何とも馬鹿らしい。視界にはゆらゆらと動く鮮やかな花々が私を通り過ぎていく。
不思議とお腹は減らない。浴衣効果もあって美人さんは多く見えるのに不思議と目に留まる子はいない。
私は下駄を鳴らすのを止めてその場で立ち止まる。がやがやと賑やかな道のど真ん中で立ち止まられては傍迷惑だろうとは思うけれど……実際迷惑そうに私を避けて歩いて行く花々は多い。
去年皆に連れられて、生まれて初めて祭りに参加したはずなのに、眩しく見える。年に一度しかないこの祭りは私にとっては二度目なのに。
「……なにか……足りないような」
気の所為かもしれない。なんとなく、明確な意味も理由もなく、ふと心に落ちてきた言葉に私は緩く首を横に振る。
だけどそれだけじゃあ頭からは消えてくれない。元々優秀な頭だし記憶力だって人一倍以上あると自覚している私だけど、何かが欠けている感覚という物に幾ら記憶を辿ろうにも見えてこない。
乱歩さんと社長の言葉は簡単に記憶の隅に追いやれたのに。何かが欠けている感覚という物が私の頭を掻き乱す。だけど何も思い当たらない。
なにせ去年初めて祭りに参加した時は何もなかった。美女と巡り合った訳でも無くて、特別な思いを受けた訳でも無い。でも……この祭りの中に、私は何かを置いて来たのだろうか。
「分からないなぁ」
「何が?」
左側から急に聞き覚えのある少女の声がして、内心ヒヤリとしたが表に出さずに余裕のある素振りを見せ、馬鹿を見下ろした。
「……豚にでもなるつもりかい?」
「はぁ? 人間のまま生涯変わるつもりは無いよ」
「いやぁぁ……そんなに食べたら無理無理。幾ら灯子が浴衣着て美人ぶっても……って乱歩さんと同じ柄と帯じゃないか。似合わないよ」
「うるさい」
私の肩くらいしか無い灯子は、串に刺さったイカを食べている所為で口がもごもごと動いている。
それに沢山の戦利品が入っているのが丸見えの小袋からは、割り箸が二本だけ飛び込み自殺をしたように突き刺さって見えた。
元々の袋の体型を見失い強制的に肥えさせられた憐れな存在に顔を顰めつつ、私はその袋から突き出た割り箸をひとつ抜き取った。それは絡まる事は無く先端に重心が傾いたまま引き出される。
割り箸の先端には人の目玉くらいの赤い球体が、飴に包まれて鈍い光を吸収しては寂しそうに膝を抱えているように見えた。そして直接触れて汚れないように透明の袋に入っている。
多分これは林檎飴だ。去年も何店舗か出品していたのを覚えている。
雲一つない夜の空で密やかに明滅する星の明かりを貰うように、林檎飴を顔より上に持ち上げ、袋の中で化粧した顔を隠す子を角度を変えながら何度も見る。
歯型のついたイカをペロリと食べ終えたらしい灯子が割り箸を捨てにふらりと消えて、またすぐに私の横へ戻ってきた気配がする。犬かな? 灯子は猫みたいに我儘だけどね。
内心そうは思っていたけれど、私は何故だか林檎飴から目が離せず、口が何かを食べる動作を無意識にしている事を灯子に指摘されて漸く気付き、視線を外せたくらいだ。
「そんなに林檎飴食べたいならあげるけど」
「っ、べつに、いらないよ。気になったから見てただけさ」
「……怪しい」
「変な目をしないでくれ給え。そんな事より年頃の女の子が大口開けてイカを食べようとする方が怪しいって思わないの?」
「思わない。第一あれ全部貰い物だし、自腹じゃないんだからわたしがどう食べたっていいの」
貰い物? 小袋一杯に貢がれたと言ってもおかしくない量を誰が……と思ったのは瞬きひとつ分の間で、簡単に答えを見つけてしまう。
見せ付けるように灯子が身に纏う橙一色の浴衣と濃い青の帯は間違いなく乱歩さんとお揃いだ。今日灯子を見た時にも私は言ったけれど、本当に似合わない。
灯子へと林檎飴を押し付けて、サラリと本音をぶつける。思ったよりもざらついていて、冬の夜風にも似ていて。灯子の瞳孔が真ん丸に開いていく中に冷めた顔をしている私が見えた。
「乱歩さんに全部貢いで貰うとか……どこのアバズレだい? 本当に似合わないから脱ぎなよ。後で脱がしてあげる。それに欲しいものだって私が買ってあげるよ」
「……」
「灯子に橙色は子供っぽさを引き立たせてしまう。いっそのこと寒色系にしなよ。ほら、私が来てる青なんてどうだ……ん?」
ぽかんとアホ面を晒す灯子には、冷めた顔から頬を緩ませたこれまた間抜けな男が映っていた。男は紛れも無く私で、ふと冷静になってみれば、とんでもない事を言ったと理解してしまう。
乱歩さんに全身を染められた灯子が気に食わなかった。それにありったけ貢がれていたし。その貢物を買った金の何割かは私の金だろうし。
何だか気に食わない。それ以上に不快感にあてはまる理由を、人の弱みを握り優位性を勘違いした愚か者のような馬鹿臭い笑みのまま、尋ねてくる灯子が一番癪に障った。
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