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□悪食に三度お会い致しまして
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何だか最近は川に飛び込んでいる回数が非常に増えているけれど死ねないのは何でだろう。
今日も川を流れていたら偶然軍警の網に引っ掛かり、敦君と乱歩さんの依頼現場に遭遇した。まあ生きていたから立ち会えたってことでいっか。
少しは異能力の扱い方にも慣れてきた敦君だけれども今日は乱歩さんの御供をしていた。殺人事件を無事に解決へと導いた乱歩さんが実は異能力者では無い事にとても驚いていた。
いい反応だよね。敦君。でも本当に乱歩さんは凄いと私は常に思う。異能力では無く本人の資質で持って、暗がりにいる難事件も迷宮入りの案件も、眩い太陽の元に引きずり出すのだから。
「ああぁぁあっ乱歩さん!? どこ行くんですかっ」
「ちょっとそこまでーあ、ちょっとだけ待ってて。君達いないと僕帰れないんだからね!」
「ぇええ……い、行っちゃった……」
青褪めて途方に暮れている敦君の視線の先を見ると、乱歩さんがビルの隙間を潜り抜けてどこかへ寄り道をしようとしていた。
この辺は確かちょっといった所に昔ながらの駄菓子屋さんがあった筈だと記憶の地図から割り出して、凍り付く敦君に私は救いの手を差し伸べる。
「大丈夫さ。多分お菓子買いに行ったんだよ」
「乱歩さんお金持っているんでしょうか……」
「それは……わからないけれど。敦君持ち合わせ、ある?」
「電車賃くらいしかありませんよ!」
「それだけあれば十分さっさあ敦君。乱歩さんの後を追いかけて、お菓子は一個だけと告げてくるのだ!」
情けない声を出して敦君は嫌がっていたけれど上司命令には逆らわない性格のいい子だ。肩を落として乱歩さんの後を追いかけてくれたので、私はのんびりと待つことにする。
きっと五分以内に帰って来てくれるだろうと思っていたのだけれども、敦君が顔を耳まで真っ赤にして戻って来たのは三十秒もかからなかった。
これは見失ったのかなぁ。だから恥を忍んで私に助けを求めてきたのかな、流石だね敦君。予想外のことを仕出かしてくれる。
「やっぱり見失っちゃったのかい?」
「ちが、ち、ちが……ああああ、あの、あの!」
「……嫌だ告白? 私は男には興味は無いのに、困ったなぁ」
「茶化さないで下さい太宰さんっ」
敦君を全力でからかった事で彼にも少し余裕が戻ったらしい。赤面はまだ残っているけれど、敦君は必死に状況を伝えてきた。
乱歩さんが消えたビルの方角を指差したと思えば、恥ずかしそうに両手でズボンを握り締めながら告げてきた言葉に、流石の私も少しだけ呆気に取られた。
「あっちで……ら、らら乱歩さんが、乱歩さんがっ」
「うん」
「女の人と……ッキスを、キスを……っ」
あの乱歩さんが? 思わず敦君の指差した方向を向いたけれど、残念ながら私のいる場所からは見えないくらい奥にいるらしい。
可哀相な位顔を赤らめている敦君に落ち着くようにと言ったけれど興奮状態はまだ続きそうだね。経験の少ない子には刺激的だったみたい。
「それにしてもあの乱歩さんがね。でもあの人子供っぽいけれど二十六歳だし別におかしくはないよね」
「でも意外すぎて……だってあの乱歩さんがですよ?」
「乱歩さんだって人間だからね。そういう欲だってある。敦君だってその内乱歩さんみたいな経験をして大人になるもんだよ」
「うぇえ……!?」
赤い塗料を塗りたくられたような顔色をした敦君で遊んでいる間に噂の乱歩さんはひょっこりと帰ってきた。
その手には何も持っておらず敦君が目撃した女性とキスをするだけで戻って来たのだろう。それにしてはあまり嬉しく無さそうに見えるのはどうしてだろう。
乱歩さんは顎に手を当て考え込んでいた。悩むくらいに酷いキスだったとか? 本当は連れ込みたかったけれど私達を待たせていたから仕方なく帰ってきたとか……何だろうね。
耳まで真っ赤な敦君だけれども、彼は時として人の地雷を踏みぬく事もある。
ましてや彼にとっては未開の文明に等しい話題だ。知りたいと思う欲は実に人間らしいと思う。
「あの乱歩さん。先程の女性は、その……」
「んー?」
「こ、ここ……恋人さんですか!?」
本当に告白するみたいな緊張感を持って切り込んだよね敦君。どんな反応を返すだろうと私も楽しみだった。
でも乱歩さんのあまりにも嫌そうな顔と棘が光る言葉に、前線の敦君は心の柔い所を抉られてしまったよう。可哀相なくらい青褪めていた。
「ハァ? ありえないんだけど」
変なこと言わないでよねと頬を膨らませ不機嫌になった乱歩さんは本音を言ったのだろう。
嫌な相手に無理矢理キスをされたとしたならば反射的に人はそれを拒む。なら敦君が見た光景はたった一瞬だった訳じゃない。
何十秒いやそれ以上長い時間キスをした、またはキスをしている様な状況下にいたから敦君はそう判断したのだ。恋人じゃないけれどそういうことをする相手……乱歩さんらしくないなぁ。
彼は「その子とのキスは好きだけど付き合うほどじゃない」と言う私寄りの人間では無い。だからちょっと気になるなぁ。
「乱歩さん」
「……今度は君?何なの二人して」
「……あぶなーい密会相手って奴ですか?」
「そんな訳無いじゃん。だって相手は灯子だよ」
「ーー灯子? あの灯子ですか、乱歩さんの友人である子ならば私も知ってますけど」
「そうだよ。その子だって。もう、何なの二人して。いいから早く帰ろうよ」
乱歩さんのトレードマークともいえる茶色のマントを翻して先に行ってしまった。
敦君が我に返って乱歩さんの後を駆け足で追いかけても私はその場に立ち尽していた。口元を覆い、舗装された道を見下ろし、思う事はやはり……灯子の事。
あの子は私にそこまで笑顔を見せない。寧ろ淡々として文句だけは生意気に言うような子だ。
多分それが友人の乱歩さんにも同じような態度を取るものだと思っていた。だが敦君が恋人のような雰囲気を出していたと錯覚してしまう程に灯子は乱歩さんに少なからず蕩けた何かを見せたはず。
これが二人が恋人関係ならば話は別だった。はいはいオメデトウ。末永くお幸せに。それだけ済む話だったのに。
もう一度唇を指でなぞる。指先に触れる吐息は熱い。それなのに一瞬で冷めて手の感覚が分からなくなりそうだ。
「あの子は、そんなことするんだ」
また指先に触れた言葉は光を知らない生まれたての闇のよう。ただただ冷たくて、唇に触れる指先が黒ずんでいってしまいそうだ。
「あの子は、恋人じゃなくても……キスが出来るんだ」
別に灯子の事はそういう意味では好きでは無いのに。私は神聖視していた人物に崖から突き落とされた気分でいて、落ちる高揚感を興奮だと勘違いしてしまいそうだ。
私は酷い大人だと改めて認識して自身を鼻で笑う。灯子はこれから今までの私とは違う目で見られるのだ。
「可哀相に」
一歩踏み出して二人を追いかける。靴音はとても楽しそうに弾んで聞こえた。
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