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□悪食に三度お会い致しまして
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コートの方ばかり探していたから見つからなかった私の手の中にすんなりと収まった携帯。きっと勘で言ったであろうその子はまだ眠いのか目を擦っている。
携帯を開くと一時をとうに過ぎていた。同時に疑問に思う。決して初めてでは無い家出をしているらしいが、泊まらせてくれる家を探すような子がこんな時間に眠くなるだろうか。
真面目を貫いている子ならとうに眠る時間に悪がっている子は起きているものだと聞いた事がある。勿論該当者が全て遅寝という訳では無いだろうけれど。でも何だろう。
なんか……ちょっと怪しいなぁ。黒では無いけれど白でもないようなこの変な感じ。
携帯をもう一度仕舞って、また眠りかけているその子を見る。耳に穴をあけている訳でもない。大して汚れていない服からのぞく手足にも入れ墨も無い。
髪を染めている訳でも無い。目は……多分生まれつき、翡翠色をしているんだと思う。目の色を変えるモノは一般人には高くて手が出せない筈だし。
見てくれは至って普通。きっと学生である筈だし、明日になれば学校に行かなければならないだろう。
というか今更だけど、私が何言っても絶対に肯定せずに自分の意見を言ってくる……それも敬語も無しに。
見た目からは察せないけれどこの短時間で察した頑固さを前にして、私の優しさは無駄なんだろうなぁと気付く訳で。仕方ないなぁ、と溜息混じりに提案してみる。
「……君さぁ、ここ以外で寝る場所無いんだよね?」
「ん」
「私今日は機嫌良いし……家、来る? 布団は私の分しか無いから適当に板の上で寝て貰うけど、それでいいなら寝床を提供してあげるよ」
晴天から雹が降り注ぐことに呆然としているように、ぱちくりと瞬きをした後に、何を考えたのか「行く」と返答が戻って来た。
何でこんな時に肯定が返ってくるんだか。私が人攫いだと思わなかったからなのか、生まれついての危機感の無さが気まぐれに出した答えなのか。
私には分からなかったけれどもう一度溜息をついて立ち上がり、その子の先導をする。背後からぱたぱたと走ってついてくる足音がしたと思えば急に後ろにグイッと引っ張られて思わず躓きそうになる。
もう!何なのさ!文句と共に振り向けば、その子が私のコートの裾を容赦なく掴んでいた。まるで歩きたての幼子が母親のスカートを掴むような仕草に思わず無言になった。
「別に置いて行かないから離してほしい……なぁって……聞いてる?」
「……ん」
「ほぼ寝てるじゃないか……」
名前も知らないその子を連れて寮の自室まで歩く。鍵を開けて「適当に寝て」と言った時にはもうその子は玄関先の床で丸くなって寝ていた。
もう、本当にこの子はどんな神経しているんだ。頭を抱えたくなったけれど、あまりに安心したように寝息を立てるその子には溜息しか出なくて。
コートの裾には滅茶苦茶皺がついてしまったし、折角の自殺日和も霞んでしまった。散々だなぁと肩を落として、最低限のものしかない自室に荒っぽくお布団を敷いて不貞寝することにする。
明日こそは自殺してやる。不貞腐れた調子でぶつぶつと文句を言いながら、私以外の寝息が聞こえる自室に妙に気を張り詰めている私がいた。
「……この部屋に女を呼び込んだことなんて、なかったのになぁ……ハァ。気まぐれで拾うんじゃなかった」
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