番外編
□ハッカ飴が溶けるまで、傍に。
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ピタリと手の震えが止まってしまった。想定外すぎるワードに全神経の伝達が途切れてしまったのだろうか。
何もかも放棄してしまった搾りカスが思考を何とか動かしリーマスは顔を顰めて言葉の真意を探る。
「どういう意味で言ったんだ。今はそんな馬鹿みたいなワードが出るタイミングじゃなかった筈だよ」
「だからハッカ飴は嫌いなのって聞いたんだよ」
「……その問いに答えたらちゃんと真面目に対応してくれよ。はぁ……まあ嫌いではないよ。特別好きって訳でもないけれど」
投げ槍気味の答えに至極どうでもよさそうな「ふーん」と言う返答が返ってくるのでリーマスはもう何が何だか分からない。
ふとロザンナはまたハッカ飴を取り出してリーマスに向かってそれを突き出してくる。唇へと押し付けてくるので渋々ながらも受け入れると鼻から胃まで埋め尽くす清涼な酸素の通り道が出来る。
ハッカ特有の味にバタービールの甘さがいとも簡単に掻き消されていく。渋々舐めるリーマスに普段通りの気の抜けた笑みを浮かべて彼女は続ける。
「ハッカ飴ってね、どんな味も掻き消して自分の味に変えちゃうんだよ。それでそのあとにゆっくりと溶けて消える。なのにハッカ味より前の味って思い出すのって難しいんだ」
「……」
「リーマスはこの飴は満月に見えるって肯定したよね。そんな飴を君は食べてゆっくり溶かしていく。そんなリーマスの横で私もハッカ飴を食べて、溶かしていきたい」
からん。ハッカ飴が歯にぶつかり小さな高い音が鳴る。強烈な味が舌を乗っ取り思考までも奪っていく。
ロザンナが陽気に喋る言葉は静かにリーマスの耳を通して溶けていく感覚が止まらなかった。
「リーマスが今まで感じていた色んな思いはきっと私は全てを理解出来ないんだ。それでもハッカ飴が夜に溶けて消えた後に、私ともう一度ハッカ飴を食べよう?」
「……」
「何度も何年も何十年も繰り返している内にさ。何かが溶けて変わっていくかもしれない。私達を取り巻く世界も何かしら変わっていくのを待とう。どんな時にでも飴を携えて傍にいるよ!」
ヘラヘラと笑って言う妙なポジティブさが目障りだと言えたのならば彼女の存在はリーマスの前から簡単に溶けていったのかもしれない。
だがそんなことをしようとは心の底でそよぎ踊る火が許さないようで。ハッカ味に支配された頭では、否定の言葉が早速溶かされていったようだ。
拒んだ方がロザンナの輝かしい未来の為になると残された理性は思うが、心の火は静かに揺らめいて本心を勝手に口から追い出してしまっていた。
口元に浮かぶ笑みが震えるのは、頭がどうかしてしまったからなんだ。面倒臭い理屈がそっと囁いた気がして、ほんの数秒の生は溶け落ちる。
「前々から思っていたけれどロザンナは馬鹿だよね」
「……私馬鹿なの?」
「馬鹿だね。折角の未来をわざわざ世界の端で膝を抱える生き物と飴を共用する為に捧げるなんて馬鹿以外できやしないだろう」
ムッと拗ねたロザンナが重ねてくる手をリーマスは覚悟を決めて、そっと自分から絡めた。びくりと一度だけ震えた柔らかい存在はすぐに手に馴染む。
この体温だけは溶けてはいかずにリーマス自身の温度と混ざり寄り添いながら生きていくつもりなのだろう。きっともう何を言っても無駄だ。
そんな思いが小さな笑いとなって零れていけばロザンナの表情は不思議そうにこちらを見てから、柔らかく目を細めた。
「ねえ、馬鹿。僕等が生涯で食べる飴の量はどれくらいだと思う?」
「え、うーん……ホグワーツが埋まってしまうほどかなぁ」
「きっとそれじゃ足りないよ」
また歯に飴があたり、からんと音が鳴る。続いてロザンナの方からもリーマスよりもずっと小さい音だがころんと音が鳴る。
彼女が先に食べ始めたのだから溶けてしまうのは当然彼女が先だ。だが飴はまだまだある。
折角のバタービールも飲む気が失せて、鼻から腹の奥まで一本の風の通り道が続く飴ばかりが口内で威張っている。それを舐めながらも考える事は決して人狼のことでは無く、ささやかなロザンナとの未来でのことだった。
「いつか溶けていく……か」
「リーマス!あとでもう一度ハニーデュークス行こうよ。飴を買わないと!」
「あのさぁ……本当にロザンナは考え無しにすぐに口に出すの止めようよ。場の空気を読む力を真っ先に溶かされてしまったの?」
「……それって人として大分終わっているってこと?」
「そこまでは言ってないだろ」
口に入る満月をからんと転がして、ざまあみろとばかりに人の歯で噛み砕く。
少しだけ胸が軽くなった気がしてリーマスは、目の前で妙に落ち込んでいるロザンナを見ながら「馬鹿だな」と笑い頬杖をついた。
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