番外編

□ハッカ飴が溶けるまで、傍に。
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「もしロザンナが人狼だったならハッカ飴を見て変身してしまうね。そして僕を噛んで、人狼へと変えてしまう。ねえどんな気持ちになるんだい?」

 すぐには返答はこなかった。からんと歯にハッカ飴があたり欠けていく音が静かに聞こえて、店内のざわめきが何次元も遠い彼方にあるようだ。

それでもロザンナはまっすぐにリーマスを見続けて、やがて目が乾く限界に瞬きをした後にそっと言い返してきた。

「きっともう二度とハッカ飴は見られないわね。途方に暮れて、あなたを変えてしまった事実に後悔ばかりして、目が溶けてしまうほどに泣いて、泣き腫らして。そして……」

 言葉の途切れはテーブルに置いたリーマスの手に触れたことによって続きが紡がれる。

思わずリーマスが驚いて息を飲む言葉と手の甲に触れるロザンナの温度は、いつもよりずっと暖かかった。 


「ーー残りの人生をすべてリーマスに捧げる。それで許されるなんて思わないけれど……私なりの責任ってやつ。人生を賭して、あなたの傍に居る……かな」

 眉をハの字にして笑った彼女は、リーマスが人狼だと微塵も知らない筈だ。この場合ならばリーマスがロザンナを噛んでしまったらという仮定が正しい上に現実問題として可能性があるというのに。

リーマスは性質の悪い悪質な問いを投げ掛けておいて自分では正しい答えなど見つけられず仕舞いだった。



 答えを見つけた事には純粋に尊敬の念を覚えた。

それと同時に魔法さえも届かない胸のずっと奥で、か細い火が何かに焚き付けられて強い風に煽られ、リーマスの体は喉までも心に支配されてしまった感覚が止まらない。

奥歯が震えるのは。唇が震えて心臓が足先までも脈動を訴えるのは。頭が言語を忘れてしまったように真っ白になっていくのは。


ーーどうしようもないほどのロザンナへの思いが、彼女に何かを伝えたかったからだ。



 みっともないほどに揺れて芯の無い糸クズのような声がそっとリーマスの心をロザンナへと告げていく。手の甲に触れる温度が、気を抜いてしまえば嗚咽を手招いてしまいそうだ。

「ばか、じゃないのか。君の人生は君のものなのに、簡単にぼくに……捧げるだなんて、言うなんて、どうかしてる」

「……うん」

 窓枠に吹き付ける吹雪にさえ掻き消される糸クズとは正反対に、ロザンナはピンと筋が通り手の甲に触れる温度を纏う優しい声で肯定してくる。

徐々に震える手を一回りも小さな手がそっと包みこむ。全てを包み込めない小さな手がリーマスの心までも宥めているようで。

震える声が大きくなっては惨めに縮こまるのを繰り返しながら、散々喚き散らす。何も知らない筈の彼女へと一方的に。

「人狼は生き辛い世界で人狼二人が身を寄せて何になるんだ。苦しいだけじゃないか、今よりもずっと惨めでッ後ろ指さされて、未来なんて霞んで不安しかない人生なんだ!」

「リーマス……」

「日向にいるロザンナが想像も出来ないような嫌なものばかり見てしまうようになる。生まれてきた事さえ恨んだ日だってあったさ、でも、ぼくは……っあ、」

 血の気が引いて行くとはこのことを指すのだろうか。リーマスの昂る感情がポロリと呆気なくも秘密の種を零してしまった事実に気付いた時にはもう遅かった。

引き攣った顔をロザンナへと向けて、深刻染みた顔のまま直視してくる読めない彼女の気持ちが堪らなく不安を煽り、何とか付け加えた訂正なんてきっと何の意味も持たなかった。


「あ、ああ。あの、人狼の気持ちに感情移入してしまってさ。別に深くなんて考えないでくれ、ただの……ただの……」

「リーマスは……」

「……っ」

 リーマスは……その言葉の後に続く言葉はきっとこうだ。「リーマスは人狼なの?」最悪のタイミングで最悪のカミングアウトを噛ましてしまったことをやり直したくて堪らない。

ただ過ぎ去った時間を取り戻せないことはリーマス自身は身を持って体験していた。人狼になってしまった幼少期のあの日に戻れないように。吐き捨ててしまった言葉は取り返しのつかない。

どうしよう。そんな気持ちばかりが息を荒げて、ロザンナの深刻染みた顔からどんな罵倒が出てくるのかと思えば手の震えがずっと強くなる。


ーーなのに、やはりロザンナは馬鹿だった。



「リーマスはハッカ飴は嫌い?」

「ーーはあ?」




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