番外編

□ハッカ飴が溶けるまで、傍に。
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 深々と降り続く白い道を二人分の足跡を並べ、息を白く曇らせて肩が触れ合う距離で歩いて行く。

厚い雲が途切れる事無くホグズミード村を覆い尽くし吐息を吸収し続けるが、行き交う誰もが些細な天気を気にせずに幸せそうに笑う声を響かせ、村は賑やかだった。

そんな集合体に溶け入っているであろう二人もまた綻んだ笑みを向け合い、少量の荷物を大事そうに抱え直した少女の弾む声が雑踏に紛れていく。

「ラッキーだったね!ハニーデュークスで飴をサービスで貰えた!」

「そう?僕はクッキーとかチョコの方が嬉しいなぁって残念に思ってしまったよ」

「……宅配して貰うほど買ったのにまだ欲しかったの?リーマスは本当におかしなことをいうね」

「妙なことをいうのはこの口?」

 嘘くさい笑顔のままリーマスはロザンナの頬を弱く摘まみ横に引っ張った。

寒さの所為で痛みが倍増でもしたのか随分と痛そうな反応が囁かな謝罪と共に返ってきたので、解放されると同時に頬に手をやりリーマスから頬を守ろうと警戒を見せた。

そんな姿をリーマスは鼻で笑い飛ばす。小動物の怯えっぷりには何の意味も無い上に失笑を買うだけだとロザンナは知らないのかもしれない。

愚かで馬鹿らしくも子供っぽい面がある子だが中々に面白い反応が返ってくるのだから、傍に居続けている理由になるのだろうかとリーマスはふと思う。


 警戒を見せる彼女を置いて雪畳を踏みしめて先に行けば慌てて後を追いかけてくる。

どこまでも小動物のような所があると横目で追いついたロザンナを見てそっと胸の奥にバタービールが流し込まれた気分にもなった。 

その上リーマスが先に行かないようにと二の腕を掴んで厚手のコートに爪を立てて引き留めてくるので、やはり口元はあがってしまう。置いて行く訳が無いのに。


「もう……リーマスは意地悪だなぁ。なんで置いて行こうとするの?」

「さあね。ちゃんと掴まっていないと今度こそ置いていくかもよ」

「え、やだっ」

 スルリと二の腕から腕を組むスタイルになったと思えば、子供がぬいぐるみを変形するほど抱き締めるようにしがみ付いて来た。

リーマスの言葉を少々本気にとってしまったのだろう。馬鹿だなぁと内心思いつつも今度はロザンナの歩行スピードに合わせ、二人並んで次の目的地へと進んでいった。
















 ホグズミード村に来たならばここに来なければならない。そんな言葉がいつの間にか出来ていてもおかしくないくらいに賑わいを見せる店内の一番の売りが運ばれてきた。

ジョッキになみなみ注がれたバタービール。席から見える窓枠に積まれた新雪を掬い入れたような泡が、乾杯の合図に釣られ小気味いい音を立て揺れた。

ぐぐっとジョッキを傾けて数口飲んだロザンナの口元を見てリーマスは残念だと冷めた溜息を吐きごねた。

「……なんてバタービールの飲み方が下手なんだ。勢いよく飲めばつく筈だろ」

「これでも私は女の子なんですよー?そんな恥ずかしいマネする訳ないもの」

「しなよ」

「嫌だよ!」

 彼女はいつでもそうだ。バタービールの飲み方が下手というか上手いと言うべきか……絶対に口元に白鬚が蓄えられることは無いのだ。

ついていたならば散々茶化して面白い反応を見てまた楽しむという流れが出来る筈だとリーマスは毎回思うのだが、まだ一度もそれは達成されたことが無い。

無駄に器用な面が腹立たしいと思いつつ、バタービールを一口飲む。舌に広がるカスタードを何倍も濃縮したような甘さが広がり頬が緩んでいく。

ちょっとした怒りも飲み下すことが出来るのはバタービールのおかげだ。


 
 元々甘いものが好きな性質であるリーマスが嬉々としてバタービールを流し込んでいると、ロザンナの興味は先程貰った飴へと移行していた。

ハッカ味らしく透き通る満月のようなソレを眼前に持ち上げ、しげしげと観察している。魔法界にはハッカ飴以上の驚きも摩訶不思議も存在しているというのに、何故そこまで興味を抱けるかリーマスは不思議だった。

「ロザンナは飴が好きなの?ハッカ飴なんて甘くもないし好む方が珍しいと思うけれど……」

「うーん。別に死ぬほど好きって訳ではないんだよ。でも何だろう、アレに見えるよね。アレ」

 真ん丸の飴玉は、最低限のランプの明かりに照らされた店内で、ありったけの光を吸収し煌めいて見えた。

それは煌々と照るあの忌まわしい月のようで。リーマスは反射的に顔を逸らし耳だけを彼女に向けて、視線は床の荒い木目へ落として逃げる。

自分がそう見えるようにロザンナも同じように見えるのではないだろうか。そんな確信にも似た思いが、胸の奥でか細い火をゆらりと踊らせた。


「満月に見えるよね」

「……見えるね。バタービールの甘さが吹き飛ぶほどにそう見えて仕方ないよ」

「そこまで?そんなに驚く事かなぁ」

 ぱくりと飴玉を口に入れたロザンナが唐突な深呼吸をしてハッカ味を堪能しているらしい。

満月に見えた飴玉はとても苦手だ。正直見るだけであの独特の球体が、なりたくてなった訳じゃない人狼の瞳を通して見えるあの時の虚しさと重なる。

からんころん。ロザンナの普通の歯と硬い飴玉とあたる音がする。人狼の鋭利で人の肉を容易く噛み千切る歯とは違う、どこか丸みを帯びつるつるした歯は間違いなく生粋の人間のものだ。


 リーマスは自身の歯を口内でそっと舌で確かめる。人間の歯だ。彼女と同じもの。

一月に一度だけ変身してしまう恐ろしい口は、愚かな考えが浮かぶ脳に唆されて、嘲る口調でこの世に最低な言葉を産み落としてしまった。

ロザンナの呆気に取られた純粋な瞳が、月よりも眩しかった。




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