番外編

□ヘーゼルナッツの心とは
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 ロザンナが丹念に育てている花々はその大温室内で区画分けし一年中それぞれの季節の花が見れるようになっている。

もうすぐ夏季休暇に迫り今学期も片手で数えられる日数まで減ってしまった。赤々と照る太陽の日差しに負けない花々から上がる光の粒は、ジェームズとロザンナを引き留めようとしている気がした。


 天高くあがる太陽から逃げる様に頭を垂れる落葉低木をただ見上げるジェームズは、目の前にぶら下がる松ぼっくりを猫じゃらしのように伸ばした妙な形の花をつついてみる。

ぷらぷらと嫌がって逃げる素振りを見せる横で、全く同じ形をしていた筈の猫じゃらし状の花がみるみる内に萎まり、パールほどの球体になれば薄黄色の色にくすんだ赤が混じっていく。

ピタリと色のムラが止まったと思えば一瞬でそれは重力のまま軽い音を立てて肥沃な土の上へと落ちていった。


 ほんの数十秒の間に一年が過ぎた様な時間間隔を覚えるが、ジェームズは深く考えるよりも先に落ちた実を拾い上げる。

ころり。硬い殻は掌の中で簡単に転がり回り、どこかで見覚えのある色だなと思いながらも拾った実を転がし続ける。すると珍しくもロザンナが汚れた手袋を外しながら近づき自ら声をかけてきた。


「ヘーゼルナッツなの、ソレ」

「……ここって食用も育ててたんだっけ?」

「一応ね。ポッターは普段池の花を見ているだけだから知らないだけでしょう」

 淡々とした言い草だがジェームズの手の中のヘーゼルナッツを覗き込んできた時に少しだけ頬を緩ませて確かに口元があがった事をジェームズは瞬きをせず見つめた。

同時にふわりと鼻をかすめるのは嗅ぎ慣れた慎ましい花の香り。ロザンナの髪の香りか移り香かは分からないが、確かにジェームズの心臓を揺さ振るモノだ。

簡単に割れないであろうナッツの殻のようにツンツンとして人を拒む口調とは裏腹に、花の香りだけは魅惑的に誘うようで。


 つい、誘われてしまったのは……致し方ないと思う訳で。

気付けば真ん丸に大きく開いたまま固まったロザンナの瞳には、うっとりと蕩けたジェームズがこれでもかと写り込んでいた。

やってしまったなんて後悔すら起きないのは触れた柔い感触が心底欲しかったからなのか。目と鼻の先にある瞳いっぱいに自分が映ったことが嬉しかったからなのか。


 まどろっこしい言い訳染みた理由よりも明確な言葉を、触れ合った口を少しだけ離し呟く。

たった少しの動作で香る花の匂いが血を沸騰させているようにも思えて、心臓が刻む音だけが耳に残っていた。

「好きなんだ……もう少しだけ、触れさせて」

 何かを返される前に角度をつけて唇を重ねた。唸る訳でも拒む訳でも無く、彼女はそっと目を閉じて困った様にジェームズの制服を握り締めるだけ。

ああ。触れていいんだ。僕が触れることも、許してくれるんだ。

ジェームズは手の中にあったヘーゼルナッツを地面へと落とし、その手でロザンナの頬へと触れてみる。すると伏せられていた瞼がゆっくりと上がり一度だけ視線があった。


 また瞳いっぱいに映るのはジェームズだ。それと天へと指を広げる木が奇妙な花をぶら下げ揺れるのも背景として映り込む。

同時に理解してしまった。思わずキスを止めてしまうほどだったが、零れた笑みを堪えることは出来ない。

少々息が上がり肩で呼吸を整えるロザンナへと心底嬉しいと声に滲ませて訊ねてみた。

「もしかしてさ僕の事ずっと前から好きだったのかい?」

「きゅうに、なに」

「だってこの木がつけてる変な花の色が、僕の目の色と同じなんだ。ハシバミ色。これって僕のことを想いながら世話してくれていたとか?」

 ぐいぐいと聞いてくるジェームズの問いに眉を吊り上げたロザンナが、頬に触れたままの男らしい手に自らの手を重ね、素っ気無く言うのだ。

「偶々よ」

「へえ、そう」

 あくまで偶々だと言い張るロザンナ。だがジェームズの喜びは尽きる事を知らない。

彼女は主にマグル式で育てている……ということは少なくとも数年の年月を必要とする訳だ。それこそホグワーツでの生活の割と前半頃から植えなければ結実出来ないほどに。

偶々な訳があるものか。そう思ったがジェームズはこの言葉だけは墓場まで持っていくことを決めた。

いまはただ、素直じゃない可愛い子に愛を注いであげることだけを考えるべきだろう。鼻先をすり合わせ「もう一度しても?」と尋ねれば、慎ましくも服を掴んでくる。


 言動が合致していないロザンナの頬にあてていた手とは反対の空いている手を首筋へと差し込む際に、また花の匂いがした。

穏やかでいて太陽からの愛を沢山受けた優しい香りだ。期待するように再び閉じられた瞼につられたのか尖りを無くした眉は力無くハの字へとなっている。

拒むという素振りどころか言葉さえ知らないといいたげな行動にまた機嫌をよくしてジェームズもそっと瞳を閉じて顔を寄せた。






ーー花が光ってるんじゃなくて君が輝いて見えるのかもしれないよね。変なことを言うなって?

ーー無理だよ。僕は本音しかいわないんだからさ。僕がそう見えるってことはそうなんだよ。でもさ他の人に見られるのはやっぱり嫌だからそのままでいて。


ーー僕の前でだけ、輝いてよ。





そんなことを言えばロザンナは呆れた顔をして盛大な溜息を吐いて見せた。

それでも服を掴む手は外れないのだから案外乗り気なんじゃないかとジェームズは上機嫌に鼻先へとキスを落とした。




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