番外編

□飴のち雨
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 それを作ったのはジェームズが見知らぬ新入生らしき幼い兄妹とすれ違った時に聞いたワードに誘発されたからに間違いなかった。

「もう、お兄様ったら!」

 足を止めて過ぎ去っていく兄妹の背中を見つめるジェームズは強烈な悪戯心と好奇心に唆されるまま、寮の自室へと駆け込み笑みを浮かべ試作を完成させた。

同室のメンバーにも「また妙な事をしてる」だの「あの笑みはえげつない事してるんだぜ」等言われたが、固形化の作業をするジェームズにはどうでもいい話だった。

ものの一時間で立派な琥珀色の飴となったそれを手にとり眼前で晒し確認しながら、ジェームズは愛すべき妹が見せてくれるであろう姿を想像し下品な笑い声をあげ、メンバーの表情を強張らせる。









 そう。その飴は間違いなくメリッサが食べて大分幼い姿へと変化した末に舌足らずな彼女に「おにーさま」と愛らしく呼ばせる筈だった。

だが目の前の現実に……ジェームズは絶望した。ついでに現実を直視できず膝をついて虚しく握った拳を絨毯へとぽすりと叩き付け嘆く。

「何でレギュラスが幼児化するんだ……っ!!」

 ぷくぷくした小さな手。ちょこんとソファに腰かけるが当然のように脚の長さが足りず、彼が身動きすればぷらりと短い脚が揺れて愛らしさを周囲に見せつける。

普段の利発さが艶光る瞳はジェームズがメリッサへ贈った飴玉のように丸々と幼気な目をしている。

何も知らない無垢で透き通った眼差しは、周囲の好奇の視線から逃げる様にぎゅっと瞼の向こうに消え、三歳程度のレギュラスの左右を陣取るシリウスとメリッサの服の裾を慎ましくも握るのだ。


 その様子にシリウスが妙な咳払いをしながら好奇の視線を送る他の寮生へ睨みを利かせレギュラスの緊張を解く。

ジェームズの願い虚しく昨日と全く姿形に変化が無いメリッサは、空いている手でレギュラスの髪を優しい笑みを向けながらそっと梳く。するとレギュラスは彼女を見て強張る表情を緩ませていく。

本質は何も変わってないじゃないかというジェームズの心の声は誰にも届いてはいない。

「大丈夫だよレギュラス君。いま君のお兄ちゃんが変な視線を向けないように頑張ってるからね」

「……うん。にいさまががんばってるの、ぼく、おうえんしてもいい?」

「応援?がんばれーってシリウスに言うの?」

「うんっ」

 年齢相当な舌足らずながらも健気なレギュラスの言葉に近距離で聞いていたシリウスは思わず噎せた。

誤魔化すように口に手を当てるが隠すには既に遅く、挙句の果てにチラチラとレギュラスを見て期待してるのが丸分かりだ。そうしてシリウス待望の応援が届けば彼の表情筋は歓喜と悟りの域に達する。

「せーの……がんばれっ」

「がんばってぇにーしゃ、にーさまっ」

 噛んでしまったことに羞恥心を覚えてしまったのだろう。レギュラスがシリウスのマネをするように口を覆い隠し、恥ずかしそうに視線をメリッサへとうるうるとした目で助けを求めた。

そこまで見てしまえばシリウスは口から手を外しただ穏やかに笑い彼の意識は果てしない時空の果てまで飛び去ってしまう。

「……もう俺……今ならヴォルデモート倒せる気がする……」

「やめてくれない?そんな幼児化した弟に応援されて倒されるなんて可哀相だからやめてあげようよ。あと僕等も恥ずかしいからさ」

 リーマスの真っ当な意見すら届かないのか明後日の方向を見て静かに笑っているシリウス。レギュラスを慰めるメリッサは「お兄ちゃんに応援が届いたから大丈夫だよ」とまた頭を撫でている。

子供特有の眩しい笑みが溢れるこの場において……ジェームズの嘆きは怒りへとシフトし、八つ当たりの要領で明後日を見つめ続けるシリウスへ矛先を向け、鋭い言葉のナイフを投擲する。


「何なんだい!シリウスだけ良い思いをしてるじゃないかっ本来はメリッサが幼児化して僕が良い思いをしてる筈だったのに……っ」

「何なの。ジェームズは昨日からにやついてて気持ち悪いと思ってたら実の妹にそんなことしようとしてたの?……悪いけど、人としてやってはいけないラインを越えてしまったね」

「ジェームズ……いつもお兄ちゃん呼びされているんだから。それ以上求めなくたってさ……」

「僕は小さなメリッサに舌足らずなお兄様呼びをされてみたかっただけだよ!」

 ジェームズが本音を暴露すればするほどリーマスとピーターの顔が無になっていく。心なしか侮蔑まで感じられる視線にジェームズはまた嘆き、悔しそうにレギュラスを睨みつけた。

するとどうだろう。幼いレギュラスが初めてジェームズの方を向き、ぱちくりと瞬きをしたと思えば……一瞬だけ蔑む笑みを浮かべぷいっと子供らしくも視線を逸らす。

ぽかんと呆けたジェームズだったが状況を理解した途端にレギュラスを指差し叫ぶが現状において味方はいない。彼が発言しなければ一人はいた筈だったが……無理だろう。

「い、いま……っレギュラスが僕を見て大好きなお菓子を奪われたリーマスの怒りが冷めない時に見れる蔑んだ笑みを僕に向けたよ!?」

「僕だって向けてあげようか。今ならお菓子が奪われてなくても出せる気がするから」

「嫌だよ……っ!」


 ちらり。ジェームズがメリッサとレギュラスを見れば二人はこそこそと耳を寄せて内緒話をしていた。

それに怒りを感じながらもジェームズは唯一のストッパーであるリーマスの怒りをどう静めようか、それだけに集中し視線を冷たい雰囲気を醸し出すリーマスへと向けて冷や汗を垂らした。




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