番外編

□拝啓魔法生物を愛するあなたへ
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 魔法生物基礎知識〜あっという間の手懐け方〜という本によれば、ホグワーツ城の傍にある禁じられた森の中に教科書に載る魔法生物が沢山いるらしい。

魔法生物学を選択しなかったレギュラスが現物を見ることなど無いに等しい。わざわざ見に行くほど生物が好きでも無い……クリーチャーと呼ばれる屋敷しもべ妖精は別だが。

図書室で気まぐれにとった本に記載されている内容を読み進めていけば、毛の一本一本までも見える繊細なタッチの絵が魔法生物を紹介しており、教科書としては分かりやすい。

不死鳥、吸魂鬼、ケンタウロス、ユニコーン、ペガサス……有名処が連なり飽きを感じさせない。その中で一際獰猛な目をした生き物にレギュラスの興味は引かれる。


 思わず捲る指を止めてまで魅入るその先の生物は上半身は鷲で下半身は馬の形態をしており、大柄な体を包み込める翼が雄々しく見える。

猛禽類特有の瞳をはめ込んだ以外は体毛は鈍色を主として、弱点となりえる体の柔らかい所にはふわふわの白い羽毛で覆われていた。

どうやら色の種類は複数あるようでこの本に載っているのはほんの一例のようだ。

猛々しい佇まいから察するに理性的では無い印象が強いのだが詳しい説明を見てレギュラスは意外そうに小さく声を零す。

「ヒッポグリフは誇り高く、侮辱したりすると怒り攻撃する。近づいて触るには、数秒程目を合わせお辞儀した後、ヒッポグリフがお辞儀するまで待たなければいけない……礼儀を求める魔法生物なのか」


 本の情報をさらに読み解けば人間の言葉は喋る事は出来ないらしいが指示は聞くだけの知能はあるらしい。そこまで読んだレギュラスはふと本から目を離し近場の窓へ視線を飛ばす。

図書室から遠くに見える鬱蒼とした禁じられた森の何処かにそういう生物がいるのだろう。普段スリザリンのシーカーとして箒に跨り滑空する身としては、空を飛ぶ生物に乗り空を飛んでみたい。

そんな気持ちは心の隅に感じられたがレギュラスは直接探しに行こうとは思わなかった。確実に会えるとも分からないのに減点の危険を伴う旅へと出る程愚かでは無い。


 淡く芽吹く好奇心の芽を摘み取ると窓から視線を背け本に戻ろうとした……その時、鬱蒼とした森から小さな影が急上昇し雲間へ突き抜けていく。

思わず目を疑い本を手放して窓へ齧り付くとレギュラスの目にはそれが見間違いでは無い事実に気付く。あれは生き物だ。それも梟などのレベルでは無く、さきほど本で見た……

(ーーヒッポグリフ?野生だろうか……今から行けば会える可能性が高い……、前言撤回。行こう)


 心の思うままレギュラスは足早に禁じられた森へと向かう。レギュラスは自分自身でも期待感に胸が弾んでいるのがよくわかっていた。

この感覚は高速で動き回るスニッチを発見し追いかけている時の高揚感に酷似している。まるで自分の足が箒になったよう。

驚くほど早くレギュラスは昼間でも光を拒む薄暗く足場の悪い森の中へ……足を踏み入れた。


 





 逞しい樹齢が何百年と一目で分かる幹の太さの樹々が空を覆い視界が悪い。足元には隆起した木の根が蔓延り常に足元に注意を向けなければ転倒する恐れすらある。

警戒するようにけたたましく鳴く小鳥の声。葉擦れの柔らかな音。じっとりと湿る土の香り。決して平坦では無い森の中では方向感覚がおかしくなりそうで、レギュラスは通り過ぎる木の根元に蛍光色の印をつける。

水滴の粒程度のサイズの目印が呼吸をするように明滅し、レギュラスを少しだけ安堵させた。


 それを繰り返しながら歩き続けていくと、急に樹々が恐れ慄き退いて出来たような広いスペースへと出たのでレギュラスは、長らく感じ得なかった太陽の眩しさに目が眩む。

十五秒程度は目が使えず反射的に乾いた地面を見つめ目を覆い隠す。やがて落ち着いたのかレギュラスの視力が回復し光を遮る自身の掌を目視出来るようになったので、陽射しを遮りながら周囲を確認する。

するとバサッと澄んだ空気を無理に裂く重い音が聞こえ、レギュラスの頬を不自然な風が滑り去っていく。すると原因と呼べる存在が空から降りてきて、本で見た雄々しい翼が羽搏き……やけに慎重な足取りで地面に着地した。


 レギュラスは実物を見て息を飲みながらも息衝く好奇心に動かされ一歩、また一歩と近付いて行く。ぐるる……と警戒とは正反対に位置づけされる柔らかい音を立てるヒッポグリフ。

乾いた土を踏みしめる足音に気付いたのかヒッポグリフの獰猛な突き刺さる視線がぎょろりと動き数メートル先にいるレギュラスを見つめてきた。

見定めているようにも思える強い眼差しを感じながらも少しずつ近付き足を止めヒッポグリフを見つめる。見つめ合う視線の中覚えた本の情報を思い出しながら頭を下げる。


 するとぐぐ……と威圧感のある佇まいのヒッポグリフも自ら首を伸ばし頭を下げ返してきた。それを合図にレギュラスは顔をあげ逸る気持ちを抑えつつ、お辞儀を止めたヒッポグリフの首元に手を伸ばし撫でる。

引っ掻かれることも無くレギュラスのしたいようにさせてくれるので胸の奥より湧き上がる感動に頬が緩んでいく。

想像以上に柔らかい羽毛を撫でていると、この場にはレギュラス以外の人間がいない筈だと思っていたからこそ、聞き覚えの無い女性の声に肩が跳ね上がった。


「君は魔法生物が好きなの?」

「ーー!?っ誰、ですか。いつからそこに……」

「何を言ってるの?私はこの子と空の旅を楽しんでいたんだよ。スリザリン生の君こそどうして禁じられた森に?」

 落ち着いているヒッポグリフの背中からひょっこりと顔を出す女生徒。だらしなくもうつ伏せに寝そべったままレギュラスへ質問を投げる彼女の身に付けるネクタイは黄色と黒……ハッフルパフ生だ。

これがグリフィンドール生ならば決して会話を続けることも無く顰め面を晒し踵を返す所なのだが、嫌味も無くただ純粋に質問を投げてくるハッフルパフ生にレギュラスは毒気を抜かれ、呆れた調子で返答する。


「……ハァ。僕は図書室からヒッポグリフが雲まで飛んでいく瞬間を見かけたので気になってこの森に入りました。まさか会えるとは思いませんでしたが」

「図書室?図書室の窓から目視なんて出来ないのが普通の人間の視力だと思うけど……」

「では僕は普通では無いと?」

「うん。普通では無いけれどお蔭で私と同じ趣味の人に出会えたからいいじゃないか」


 ツンツンとしたレギュラスの言葉に不機嫌そうにする訳でも無くヒッポグリフから降りた生徒は、マイペースにもレギュラスへ近付き何を思ったのか楽しそうに片手を差し伸べてきた。

握手を求めているのだろうか。訝し気に様子を窺うレギュラスへ何の悪意も感じられぬまま生徒は明るく言う。


「君も魔法生物が好きなんでしょ?確か魔法生物学に君は見かけた事なかったけれど、知識として対応を知っているならスリザリン生君は私と同じ魔法生物が好きってことだと思うんだ」 

「……別に僕は、」

「それとヒッポグリフの目の前で侮辱に近い否定の言葉を言うと攻撃されるから気を付けて答えてね」
   
「……っ」

 それはYESしか求めていないじゃないかとレギュラスは憤りを覚える。グリフィンドール生がスリザリン生へ向ける意地の悪いふざけた笑みとは違う……周囲に敵を作らないハッフルパフ生特有の穏やかな物。

レギュラスは眉を寄せて女生徒を睨むと差し出された手を無視し踵を返す。


 「あれれ?」と疑問を零す生徒から足早に遠ざかっていくその背中に向けて、レギュラスの不躾な態度を気にもせずといった拍子抜けする明るい声がかかり、驚きのあまり振り返ってしまう。

生徒は照り付ける太陽にも負けず体全体を使い遠ざかるレギュラスへ大きく両手を振り眩い笑顔のまま叫ぶ。どこまでも悪意の無いその態度に、自身が酷く幼く見えてレギュラスは罰が悪い気分になる。

無理に視線を逸らしまた暗い森の中へと身を滑り込ませるレギュラスは、明るい場所から暗い場所への変化に目が耐え切れずまた視界が真っ白になる。

目を押さえて暗順応を待つ間、耳に残る声が頭から離れてくれなかった。おかしな人間と出会ってしまったと疲れを孕む溜息は湿った空気に溶け込んでいく。


「またね!スリザリン生君!」


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