ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-eighth.
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 まったく振り返らない所を見ると名残惜しさは睫毛ほども無いのかもしれない。それでもジェームズとリリー達が普通に会話出来ていたのは事実。

これはメリッサが呼び寄せた奇跡だ。兄妹で絆の深い二人だから出来た。ならレギュラスとシリウスはどうなのだろう?

兄弟らしく過ごした記憶は正直ここ一年が一番濃い。それ以前は二人で汗を掻いて遊ぶことすらしたことが無かった気がする。

そんな自分がシリウスの考えを変えるよりは変化を遂げたジェームズが矯正した方がいいのではとレギュラスは思ってしまう。


 考え込むレギュラスの意識を引き戻すワードを淡々と言うジェームズを見れば、彼は今までの穏やかさを消し去り対レギュラス用とでもいうべきか、斜めに構えた態度で意地が悪い笑みを浮かべた。

「シリウスのことをどうするか考えているんだろう?」

「……流石に、分かりますか」

「分かるさ。ついでに僕にシリウスをどうにかさせようとか馬鹿な事も考えてそうだよね。冗談じゃないよ。シリウスの固い意思を変えるなんて僕でも無理さ」

 大袈裟に頭を振り肩を竦める仕草を見せるジェームズはつぅ……と流し目でレギュラスを見て、自慢げに言うのだ。レギュラスにとっては心臓を貫くレベルの正論を。

「ーーメリッサは自分の兄を変えることを、君のように逃げようとはしなかったよ」

「っ」

「大事な時に逃げる癖はつけない方が身の為だよ。向き合って木端微塵に砕け散ってみる覚悟で何事も取り組むことだね。ちなみに告白もそうなると僕は願ってる」

「……逃げませんよ。兄さんには回りくどいやり方よりも正面から情と正論で懐柔すればいいと、知ってますから砕け散る事も無い。それと最後の言葉は聞こえません」

 兄弟へ向ける言葉では無いワードが幾つか飛び去っていく。ジェームズが「君が僕の弟じゃなくてよかった」と嫌そうな顔で言うものの、レギュラスの肩を軽く叩き一人先にコンパートメントへと消えてしまった。

残されたレギュラスとメリッサ。今まで会話に入ろうとしなかったメリッサはじっとレギュラスを見ており、先程のジェームズの喋り方に似て淡々と聞いてくる。 

怒っている訳では無いようで、でも普段の大らかなメリッサとも違うような気がして……レギュラスは何だか胸がどきどきした。


「情と正論で上手くいかなかった時レギュラス君はどうするの?」

「へ?あ、そ、そうですね。その時は……開心術をかけて貰います。最終手段ですけどね」

 照れたように笑えば、メリッサは普段とは違う光の反射を纏うハシバミ色の瞳を細めて嬉しそうに言う。

「ああよかったわ。それなら確実だもの」

「……メリッサ?」

「うん?何かしら」

「……いえ。そろそろ戻りませんか。休暇中に教科書を買う日とか色々話したい事もありますし、ね?」


 一緒に戻ろうと促せば彼女は否定する事も無く同意してレギュラスよりも一歩先を進みコンパートメントへと向かう。その背中を何とも言えない眼差しで見て小さく零す。

それが聞こえた訳では無いだろうがタイミングのいい時にメリッサは振り向き、陽だまりがよく似合う笑みをレギュラスに向けて彼を呼ぶ。

そこでホッとして駆け足で近寄りメリッサの目を見てみれば、綺麗なハシバミ色の瞳のまま、レギュラスを見つめて幼い瞳で瞬きをした。


(ゆっくり大人になってと言った筈だけど……突然記憶を持ったあなたが来てすぐに消えてしまう。本当に、どちらも僕の心を揺さぶるのが上手だなぁ)


 この一年傍に居続けた幼いメリッサの横に並び二人でコンパートメントへと足を進める。彼女の中に少しずつレギュラスが知るメリッサは溶けていっているのだろうか。

どちらも同じ人物だとは分かっているが、同じ苦楽を共にした彼女ともう一度話したいと、会いたいと思う歪な心の揺らぎが……純真なメリッサに申し訳無さを被せてしまう。

 
(どちらも同じメリッサなのに……どうして申し訳なさなんて感じるんだろうか。僕が愛した人だというのに変わらないのに)


レギュラス自身もいまいち理解し切れない想いは静かでいて淡々と目的地へと運ばれていく。

何も無かったようにメリッサの横に並び会話を続けるレギュラスはジェームズに言われた言葉を一瞬思い出し、振り切る様に緩く頭を振る。結局人からの忠告など実体験でもしなければ理解など出来ないのだ。


ーー大事な時に逃げる癖はつけない方が身の為だよ。

ーーもうついてしまっていたらどうするべきなんですか。


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