ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-fifth.
4ページ/4ページ



 イースター休暇は無事に終わりを告げ、帰省中の生徒は紅のホグワーツ特急に乗り込み、友人達との再会を喜んでいる。

その中で緊張した面持ちのままとあるコンパートメントの窓から見えないようにしゃがむ二人の兄妹がいた。

お互いに励ますように大きさの違う手を握り締め、コンパートメント内から聞こえる声笑い声や楽しそうな声が聞こえる度に、ジェームズは震える息を吐く。

自信満々がジェームズの代名詞とも言えるというのに背骨を抜かれたよう。そんな兄を勇気付けるメリッサのハシバミ色の瞳は爛々と輝き、勇気が凝縮した宝石に変わってしまったみたいだ。


 メリッサに何度も勇気付けられジェームズが覚悟を決めた面持ちで立ち上がり、柔らかいメリッサの手を握りながらコンパートメントの扉をノックし、返事が聞こえ数瞬動作を止めて入室。

中には驚いた顔のリリーと心底嫌そうな顔をするセブルス。二人は向かい合い歓談をしていたのを止め、入室してきたジェームズとメリッサをピリリと肌に刺す雰囲気に変える。

ぱたりと閉まったドア。これから告白しなければならないジェームズが少々固まる中、彼の背後からひょっこりと顔を出したメリッサは懐いているリリーへ元気いっぱいに挨拶をした。


「久しぶりねリリー!えーっと……スリザリンの人は、初めまして。今からお兄ちゃんが二人に言いたい事があるから聞いてくれるかしら?」

「メリッサ!?あなたポッターと仲直りしたの!?」

「ふふ。そうなの、ほんの二日前に。じゃあお兄ちゃん頑張って。ヒーローパワーだよヒーロー」

「グリフィンドール生らしくじゃなくてヒーローもやるのかい?はは……ちょっと難しいかも。前者のだけは何とか、頑張ってみるけど……すぅ、ハァ」

 メリッサが手を繋いでいない方の手を緊張で冷や汗を掻くジェームズの背に当て、小声で「大丈夫」と伝えてくる。

その声に押されジェームズは深呼吸を数度行い、突き刺さる冷たい視線を真っ向から受け止め……リリーへと思いの丈を伝え始める。

柄にも無く余裕の無い様子は誰が見ても明らかで、最初の一言でリリーとセブルスは衝撃を受け目を見開き固まっていた。


「リ、リリー……ーー僕はリリーが好きだ。君には迷惑でしかないって漸く理解したけれど、それでも僕はリリーが好きだ。恋愛感情で君が好きなんだ……ッ」

 言葉を振り絞る度にメリッサの手を握り勇気を分けて貰うジェームズ。紡がれる言葉には普段リリーの前で出していた傲慢さは影さえ見せず、ありのままのジェームズ・ポッターがそこにいた。

チラリとジェームズの視線が信じられないモノを見て固まるセブルスへと向けられ、すぐにぷいっと逸らす。そのまま少々トーンを落とす。 

「だから初めからリリーと仲が良かったスニベ……スネイプが気に食わなかった。それにスネイプが闇の魔術にのめり込んでるし、僕はスリザリンも闇の魔術も嫌いだし……」

「……君を悪戯することがグリフィンドール生として正しいと……信じていたよ」

 もう一度「信じていたよ」と小さく繰り返す。それは過去のものだと自分に改めて刻み付けるように。

リリーへと視線を戻したジェームズは自嘲しながらも自身を嘲笑う。グッとジェームズの背に添えられた手に力が一瞬加わり消えた。

「悪を退治するヒーローの気分だった。でもその気分を味わっていたのは僕達だけで、リリーも……メリッサも、僕を悪魔を見る様な顔をしてた」

「多分……僕はスネイプがリリーと幼馴染じゃなければ、ネチネチと君へ悪戯することもなかったろうーー認めるよ。僕は、スネイプに激しく嫉妬して八つ当たりしてたんだ」 

 ジェームズは初対面の時以来にセブルスへ穏やかに笑いかけた。セブルスの眉間の皺が更に深くなっていく。

休暇前まで文字通り悪魔のような所業を笑顔でやった男の言葉など簡単に信じられる訳が無い。だからジェームズもセブルスの否定的な感情を隠す事もしないことを気にも留めなかった。


 すぅっと重い空気の酸素を吸い今までリリーがジェームズに見せてきた表情を思い出しながら紡ぐ。

「ーー僕は、傲慢だった。僕は我儘だった。僕は僕自身が行う全てが正義だと信じて疑わなかった」

 リリーはジェームズに眉を吊り上げ虐めを止める様に何度も言ってきた。その時の自分の対応は最低だった。リリーを遠回しに傷つけていたことに気付こうとしなかった。

好きというのさえ傲慢に聞こえるだろうか。でもこれだけは許してほしいとジェームズは願いながらリリーを見る。

「今でも……僕の行ったこと全てが間違っていたなんて思わないよ。それでも、嫉妬にかられてスネイプに嫌がらせをするのは……騎士道に反するよね」

 今の自分はグリフィンドール生らしいだろうかとジェームズは考える。真正面から馬鹿正直に想いを伝えるなど今まで生きてきた中でジェームズは体験したことが無い。

グリフィンドール生でありながらグリフィンドール生らしくなかったのかもしれない。

そう思えばメリッサが言わなければ自分はずっと、嫌悪するスリザリン生らしさを貫いたままだったかもしれないとジェームズは思う。それは嫌だとも思えた。


 汗ばむ背中から決して手を離さず、握る手も勇気を握り返してくる一番の応援者であり、ある種のジェームズへ救いの手を差し伸べたメリッサ。

彼女が綺羅星をハシバミ色の瞳に零した強い意思を感じられるその瞳を移したように、ジェームズも目が熱くなる思いで言い切った。

傲慢さの見えない彼の言葉に瞠目したのはジェームズを嫌っていた二人に違いなかった。


「僕は誇りあるグリフィンドール生として恋敵であるスネイプに真正面から正々堂々とリリーを巡って……会話をしていく。少しずつ悪戯の回数は減らす努力をするよ」

「ーー僕の心の底から大事な妹にかけて、この言葉を嘘としないと決めたから。ねえリリー、だから僕がちゃんと変わっていくか見てて?」

 もう一度「リリー」と想いを込めて呼ぶ。そうして驚愕に揺れる白百合の花に飛び切りの笑顔を向け、ジェームズはメリッサの手を引いて全速力で自分達のコンパートメントへと駆け抜ける。

驚くリリーと訝しがるセブルスを置いたまま。二人は特急内を慌ただしく走り抜けて勢いよく自分達のコンパートメントへ入り、肩で息をしながらも閉めたドアへ寄りかかる。


 ポッター兄妹が散歩に行くと言ったきり中々帰ってこなかった事を心配していた面々だったが、元気良すぎる帰り方をする二人に呆気に取られてしまう。

肩で呼吸を整える二人は何故か笑っている。くすくすと笑いながら時折噎せているのでピーターがボソッと「腹捩りの呪文でも受けたんじゃ……」と呟き、リーマスが首を振り否定する。

途切れ途切れだが抑えきれぬ歓喜が踊る言葉をジェームズはメリッサへ送れば、興奮した声がすぐさま返ってくる。

同じハシバミ色の二人の瞳には溢れんばかりに勇気の光が散らばり、静まらない興奮状態のまま勢いよくハグをして、ブラック兄弟を固まらせた。


「メリッサ、お兄ちゃんは……っグリフィンドール生らしかったかい?お兄ちゃんは、格好良かったかい?」

「もう最高よッ完璧で本当に格好良かったぁぁ……!」

「ああ!よかった……!」


 兄妹のハグにしては随分と甘ったるい地を這う声で呟き、青筋の浮かんだレギュラスが二人を離そうと動こうとしたが、シリウスが必死に止める。

騒然となりいつもの騒がしい風景が戻ってくる。

その中でジェームズは誰よりも大切な妹を抱きかかえ、嫉妬剥き出しで睨んでくるレギュラスを鼻で笑い、見せ付けるように柔らかい黒髪に頬擦りした。

(嫉妬で気が狂う気分を僕のように味わってみなよレギュラス。まだ君の腕の中より僕の腕の中の方がメリッサは似合うんだから)


 ……まだまだ完全なグリフィンドール生には程遠いようだが、それでも勇敢なる一歩をジェームズはメリッサと手を取り踏み出した。

.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ