ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-fifth.
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「お兄ちゃんはどうしてあのスリザリンの人を虐めているの?」

「気に入らないし、アイツはスリザリンで闇の魔術にもハマっている危ない奴なんだ。それにリリーと幼馴染とか聞いたけど、あれは絶対彼女を闇に引き込もうとしているんだ」

 すぅ、と瞼をあけたジェームズはセブルスを思い出すと、胸に爆弾が仕掛けられた人のように余裕がなくなるのが自分でも分かっていた。

焦燥感やら嫌悪感やら負の感情でいっぱいになる心。それがセブルスに呪文をかける時だけは感じられなくなる。

リリーとセブルスが仲良く話しているだけで余裕は弾け飛び、同寮にも嫌われていたセブルスが一人でいる時を襲撃し続けた。一瞬で心の重荷が掻き消されていく感覚にハマっているのかもしれない。


「それは今の感情でしょう?本当に一番最初、あの人に杖を向けようと思った時どんな状況だったの?」

 兄の嘲笑う様な声に引き摺られないメリッサは現状よりももっと昔の話を掘り下げようとしてくる。ハシバミ色の瞳はある一点を見つめ過去の記憶を探し、探り当てた。

苦い魔法薬を無理矢理飲み込んだような気持ちが悪さを覚えながらジェームズは告げる。

「スニベリーが、リリーと隣り合って……どっちも楽しそうに手を握り合っているんだ。言葉じゃ足りないくらい、凄く嫌だったよ」


 最近メリッサとレギュラスが手を繋ぐ所を何度か見かけた事があるジェームズだったが、その時はリリーとセブルスの時よりも心は揺らがなかった。

レギュラスが親友の弟ということもあり彼とも一応友好関係を結んでいるからとセブルスと条件は違うのだが……レギュラスの行為はジェームズにはまだ許せた。

だがセブルスのは駄目だ。闇に浸る者が光がよく似合う彼女と幸せになれる訳が無い。そう強く心が訴えジェームズは自分の醜く汚い感情を隠し、杖を彼に向けたのだ。


「じゃあその気持ちがどうして正義の為とかグリフィンドール生として……なんて言うの?」

「それは……」

「だってどう考えてもそれは後付けよ。お兄ちゃんはスリザリン生にーー嫉妬してる。それくらい私でも分かるわ」

 レギュラス君なら最初から分かっていたかもしれないわ。そう微かに笑いを含んで言うメリッサに「違う」とジェームズは何度も返したかった。

口を開き喉からあと一声で出そうなのに言葉にならない。声を大にして叫びたい思いがあるのにヒュッと冷えた空気が喉に刺さる感覚がした。暖かさが保たれているというのにおかしなことだ。


「嫉妬って人を狂わせるんでしょう?だからあの時のお兄ちゃんは悪魔みたいに笑いながらいれたのね。だってその人以外に虐めていなんでしょう?」

「そりゃあ……そうだけれども。いや、でもさ」

「お兄ちゃんはリリーの気を引きたいけど、自分よりも仲が良いその人が許せないから虐めてる訳じゃないの?もし後付けの理由なら他の生徒だって当て嵌まる筈。なのにその人だけなんて、おかしいわよ」

 冷静に情報分析をあげていくメリッサにジェームズはどんどん自分がもう一歩も下がれないほど崖の端へ追い詰められている気分だ。

違うと口にした瞬間足を踏み外しそうでジェームズらしくも無く優柔不断にも明確な答えを出せずにいた。


 その間も情け容赦なくメリッサの質問攻めは続いていくのだが次第にジェームズは黙り込んでしまう。

返事が返ってこなくなったのを心配するメリッサに、控えめなノックをジェームズが返し呆れた溜息が聞こえた。そこでメリッサも話しかけるのを止めてしまい……二人の間には沈黙が訪れる。


 

 ジェームズが膝から顔をあげ窓へと視線を向けると話している間に窓枠に数センチ雪が積み重なっていた。

そんなに長い間話し合っていた訳では無かったというのに。メリッサの好きな砂時計のように三分も経っていない気さえした。


「お兄ちゃん」

 静寂を切り裂いたのはメリッサの雪のように重さの感じられない優しい声。扉へのっぺりと寄りかかり胡坐を掻く体勢に座り直し、消え入ってしまう声を返すとゆっくりと話し始めた。

ジェームズの知らない所でメリッサが感じていた降り積もる雪の下で新たな命が芽吹く……春のような想いを。

この場にいない相手を思い出してるのだろう、甘酸っぱい声はジェームズの体に寄り添う。それは決して嫌では無かった。

「私のこの一年間の思い出を聞いてくれる?」













「ホグワーツはお兄ちゃんの言う通り素敵で夢に溢れて、優しい場所だって思う。そんな場所で色んな人に出会って……素晴らしい人にも出会えた」

 お兄ちゃん。普段ジェームズをそう呼ぶメリッサと同じ声だとは思えない甘露の露に濡れた声。

幼いながらに果実の甘さを彷彿させる言葉にはある人物との思い出が敷き詰められていた。

「その人は……とても優しい声で私を呼ぶの。紳士的かと思えば意地悪な面もあるけれど……どこかお兄ちゃんに似ている所があるって最近思うの」

「僕に?」

「うん。お兄ちゃんもその人も、大切な人以外は人間として見ていない節があるというか……そう、きっと。どうなってもいいと思っているんだと思うの」

 冷血人間と言われた気がしてジェームズが少々文句を言えば焦った口振りで訂正をするメリッサの言葉に、ようやく納得がいく。

「うーんと。そう、物事の優先順位が決まっているのね。順位の上位の人達は命を賭しても守る強い意思は感じられるのに、それ以外は切り捨てる事は致し方ないと思っている……が適しているかしら」


 ジェームズの優先順位は悪戯仕掛け人達や家族、次いでレギュラス。そしてメリッサとリリーが断トツだ。正直現段階においてそれ以外は興味が無い部類に入る。

もしその部類と優先順位が高い面々が同時に危険な目にあったのならジェームズは間違いなく後者を選ぶ。

大抵の人は後々見捨てた方に同情やら申し訳無さが立つかもしれないが、きっと何も思わないと自嘲する。優柔不断の末にどちらも無くすなど馬鹿の行いに過ぎないと信じているからだ。


 先程から話題に出るその人が取捨選択の仕方がジェームズと似てると言われた所で正直何も嬉しくは無い。だが二人の共通点として優先順位の首位が、この冷たい扉の向こうにいる人物だということ。

一目惚れだか何だか知らないがあのレギュラスの一番守りたい存在で居続けるメリッサも凄い存在なのだろう。若干胸焼け気味になるジェームズは胸元を摩り宥めた。

「……その人と僕が似ているから、どうしたんだい?」

「似てるからこそ思うの。もしその人が今のお兄ちゃんのように笑顔で人を傷付けるようになったら……って」

 ピタリと胸を摩る手は止まる。甘ったるさで濡れてしまったジェームズの心を中心に、爪先に至るまで外の雪を隙間なく詰めたように底冷えしていく。

悩まし気な声に変わり純粋な心配をしているメリッサの言葉は意味合いの違う上げて落とす技術を身に付けてしまったらしい。

これもそれも全てその人の所為に違いない。

そう思いながらもジェームズはヒヤリと冷たい手を握り口元にあてた。


「もしもの事を考えると、とても心が痛いよ。例え私の為にやったとしてもーー何も嬉しくない」

ーーリリーはお兄ちゃんの今までの行動を嬉しいだなんて、思った事あるのかしら?



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