番外編
□木漏れ日タイタニック
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サワサワと鳴る葉擦れの音が転がる鈴の音色にも聞こえる。遠い昔に聞いた子守唄にも聞こえるソレに抗う事も無いだろう。
成長期特有の体の節々の痛みから逃げる様にレギュラスとメリッサは芝生に寝転がり、青々とした広葉樹の隙間から差す木漏れ日の心地よさにあっという間に寝入ってしまう。
幼さの削れた頬を撫でていく薫風。初夏の香りの中に至近距離にいるメリッサから甘い香りが混ざりレギュラスの鼻を擽る感覚に、ふと眠りから目を覚ました。
互いに向き合って寝入っていたにしては身じろぎすらしていないのでは無いか。余程深い眠りに落ちていたのだろうか。
少なくともレギュラスの目の前で木漏れ日に溶かされるように眠り続けるメリッサは、そっと頬を滑る指の感触にも反応が無いくらい熟睡しているらしい。
「……メリッサが安心して眠っている姿を見れるのは、やっぱり嬉しいなぁ」
思わずレギュラスの綻んだ表情を見てしまったのならメリッサは照れてしまうのだろうか。照れながらも彼女からもレギュラスの頬へ手を伸ばして「仕返しよ」なんて。
そうしたら互いの目を見ながら小さく笑って額を摺り寄せ、キスのひとつでもしてみようか。
メリッサの兄であるジェームズも卒業してしまい邪魔など入る訳も無いのだからそれくらいの甘さは許してほしい。レギュラスは自分の頬とは違う吸いつく感触に手放せなくなっていた。
「う……」
流石に何分もふにふにと頬を弄られたら睡眠妨害に達するのだろう。眉をそっと寄せて睡魔に揺らぐハシバミ色の瞳が僅かに見え、重い動作で瞬きを何度もする。
起こしてしまったことに申し訳なさはあるが、実の所起きて欲しいと思っていたのも事実であったレギュラスは溶け入りそうな声で、寝起きの挨拶を苦笑混じりに投げ掛ける。
随分と反応が鈍いのは寝起きだからか……半分以上寝ているからなのか。秤は後者に傾くのだろうとレギュラスは分かっていて行うのだから性質が悪い。
「おはようございますメリッサ。よく寝てましたね」
「…………ん」
「でもこれ以上寝てしまうと夜眠れなくなりますよ?ねえ、起きましょう……っうぐッ」
寝ぼけたままメリッサは徐(おもむろ)にレギュラスの頬へ両手を伸ばし添えたと思えば、急に寝ぼけているとは思えない力の強さで引き寄せ、どこか据わった目がレギュラスを至近距離で見ていた。
少々首を痛めたレギュラスが痛みを発する暇も無く、メリッサが淡々と零した言葉に全ての動作がストップしてしまう。
とんでもない衝撃がレギュラスの脳天から足先まで光の速さで往復し、ドライアイスが脊柱に無理矢理詰められ血流に乗り嫌な汗が全身に行き渡る感覚にレギュラスは絶句する。
「あのブロンドの可愛い女の人……だあれ?」
メリッサは言うだけ言ってすぐに力を抜き再び寝息を立てて入眠してしまった。
激しく困惑し冷や汗を垂らし記憶をフル回転させて、原因究明と身の潔白を証明しようとするレギュラスを取り残し、木漏れ日に身を委ねた彼女の横で日が傾くまで考え耽る。
(ブロンド?……あれもしかして前回とかそれよりもっと前の記憶?ブロンドの取り巻きは何人かいたけれど……あの人達は僕の家の地位にしか興味無かった筈。ベタベタとはしたない女性はちゃんと拒否した……)
(ハグとかキスとか絶対してない。それ以上のことはいつもメリッサだけ……握手か!でも初対面のブロンドの女性とは数えきれないほど握手を……)
握手で浮気。そんな結論に至る暴走をしたレギュラスは、取り返しのつかない浮気をしてしまったのかと極論に行き着く。
僕はメリッサ一筋ですよ……なんて言えないじゃないか!とこれからの身の振り方を、ヒヤヒヤとする生きた心地がしない気分で頭を悩ませる。
この事がジェームズにバレたら笑顔で顔面が抉れるほど殴りつけられるか……クルーシオだろう。拷問だけで済むとは到底思えないがレギュラスは身の潔白の為なら……と今後の生き方を決めた。
その頃には日の位置が随分とずれておりメリッサも今度こそ覚醒し身を起こした。
レギュラスが血の気が引いた青褪めた顔色で彼女の肩を掴み、焦りながら聞いてくる内容に疑問符を沢山発生させつつも答える。
その回答にレギュラスはまるで今まで白昼夢でも見ていたよう。
「握手は浮気に入りますか!?」
「……入らないわよ?どうしたのレギュラス君。ちょっと睡眠不足なんじゃないの?」
「…………そう、かもしれません。はぁぁ……」
ずるり。滑り込む形でメリッサの太腿へ顔を埋めたレギュラスは、小さく驚く声を無視して抱き寄せるようにメリッサの腰へ手を回す。
何故か寝る前よりも疲れているレギュラスを不思議に思っているのかもしれないが何も聞かず、メリッサは数時間前に頬を撫でた優しい愛を返すように彼の髪をそっと撫でた。
眉を寄せながらも甘える仕草を見せるレギュラスの髪を撫でたり梳いたりと交互にしながらもメリッサの耳にはレギュラスのくぐもった不満そうな声が聞こえた筈だ。
「僕は本当に浮気なんてしません。そもそもブロンドの女性より髪がブラックの方が好みです」
「うん?私とか……?」
「その通りです。あなた以外目に入らないのだから……夢の中でもヒヤッとさせることを言わないで下さい……もう一度今日をやり直してお昼寝したいですよ。まったく」
人の太腿のごねるレギュラスだったが決してメリッサから離れることも、腰を抱く手を外す訳でも無く。
丁度良い感触にも浸りつつもごもごと口を動かすのだが、髪を梳かれる感触に遠くなっていた睡魔が手繰り寄せられる。
うとうとと瞼が重くなっていくレギュラスだったが木漏れ日のように降り注がれたメリッサの声にそっと我慢を止めて……束の間の眠りに落ちていく。
「日が沈むまで寝てていいよ。おやすみ、レギュラス君」
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